はぴテク相談室:「新しいことに挑戦しろ」と言われて疲れた人の話
はぴテクさん、聞いてください。うちの会社、最近「イノベーションだ!」「新しい価値を生み出せ!」って号令がすごいんです。アイデア出しの会議も増えて…正直、通常業務だけでいっぱいいっぱいなのに、もう疲れちゃって。
それはお疲れさまです…。実はその状態、研究の世界でちゃんと名前がついているんですよ。「イノベーション疲労」といいます。
イノベーション疲労?私だけじゃないんですか?
はい。最近の論文(Barr et al., 2026)でも、慢性的な業務過多や、支援がない状態で「挑戦しろ」とだけ求められると、イノベーションはむしろストレスや燃え尽きの原因になる、と指摘されています。つまり、疲れているのはあなたの根性の問題ではなくて、環境の設計の問題かもしれません。
ちょっと救われました…。でも、じゃあイノベーションと幸せって、そもそも両立しないものなんですか?
いい質問ですね。実はこの論文の主張は逆で、「本来、イノベーションとウェルビーイング(心や体、人間関係も含めた良い状態)は、お互いを育て合う関係だ」というものなんです。
育て合う?どういうことですか?
まず、心に余裕があると、思考の幅が広がって、失敗を恐れずに挑戦できるようになります。ポジティブな感情が発想を広げる、というのは「拡張形成理論」(Fredrickson, 2001)という有名な理論で示されています。だから、幸せは挑戦の燃料になる。
なるほど。逆方向は?
逆に、意味のある仕事で「前に進んでいる感覚」を持てると、それ自体が幸福感を高めるんです(Amabile & Kramer, 2011)。あと、時間を忘れて没頭する「フロー」という状態がありますよね。ああいう深い没頭は、消耗ではなくてむしろ回復として感じられうる、という研究もあります(Csikszentmihalyi, 1990)。
えっ、没頭って疲れるものだと思ってました。
条件次第なんです。フローが起きやすいのは、目標が明確で、難易度がちょうどよくて、フィードバックがあって、自分で決められるとき。今のあなたの状況はどうですか?
…真逆ですね。何のためのアイデア出しか分からないし、通常業務の上に乗っかってるだけだし、出したアイデアの返事もないです。
そこなんです。この論文は、挑戦を求めるなら「守る構造」をセットにせよ、と言っています。具体的には、挑戦のための守られた時間、回復の時間、やりすぎを防ぐ境界線、そしてリーダーの後ろ盾。GoogleやPatagoniaのような会社が例に挙げられるのも、挑戦させる文化と支える仕組みが両輪だからだ、と。
うちは「挑戦しろ」だけで、「守る」が全部抜けてる…。でも私、平社員に近いので、会社の仕組みは変えられないです。
できることは2段階あると思います。まず自分でできることとして、アイデア出しを「追加の義務」ではなく、自分が意味を感じられるテーマに引き寄せてみる。意味と前進の感覚があるかどうかで、同じ活動でも心への効き方が変わります。あと、挑戦の後に意識的に回復の時間を確保すること。
もう1段階は?
職場に伝えることです。この論文の言葉を借りれば「イノベーション研修とウェルビーイング支援はセットのほうが、持続する可能性が高い」。たとえば「アイデア出しの時間を業務時間内に確保してほしい」「出したアイデアへのフィードバックがほしい」という提案は、わがままではなく、イノベーションを続けるための合理的な条件なんです。
「疲れたからやめたい」じゃなくて、「続けるためにこれが必要」って言えばいいんですね。それなら言えそうです。
そうです。挑戦と幸せは、敵同士ではなく、本来は同じ循環の中にいる仲間ですから。その循環がちゃんと回る条件を、少しずつ整えていきましょう。
■ 今日のまとめ
- 支援なしで「挑戦しろ」とだけ求められて疲れるのは「イノベーション疲労」と呼ばれる現象で、根性ではなく環境設計の問題
- 本来、イノベーションとウェルビーイングは双方向の好循環(余裕が挑戦を生み、意味ある挑戦と没頭が幸福感を生む)
- 挑戦には「守る構造」(守られた時間・回復・境界線・リーダーの後ろ盾)をセットで。個人からも「続けるための条件」として提案できる
■ 出典・注意事項
- Barr, T. L., Amaya, M., & Nwankpa, U. (2026). The bidirectional relationship between innovation and well-being. International Journal of Wellbeing, 16(3), 5011, 1-17.
- 本論文は理論的な枠組みを提案する概念論文であり、因果関係が実証されたものではありません。対話中の助言は論文の枠組みを日常場面に当てはめた一例です
- 拡張形成理論(Fredrickson, 2001)、進捗の原理(Amabile & Kramer, 2011)、フロー理論(Csikszentmihalyi, 1990)は論文中で参照されている理論です
- 企業例(Google、Patagonia等)は著者らの独自調査ではなく、実務家向け文献でよく引用される例として紹介されているものです