はぴテク相談室:「大好きな仕事」に人生を乗っ取られそうな話
はぴテクさん、聞いてください。私、3年前に会社を辞めて、小さな焼き菓子のお店を始めたんです。ずっとやりたかったことで、これが天職だって心から思ってます。なのに最近、おかしいんです。
おかしい、というと?
仕事は本当に楽しいんです。作っている間は時間を忘れるし、お客さんに「おいしかった」って言われると、この仕事をしてる自分が誇らしい。でも…夜も休みの日も、ずっとお店のことが頭から離れなくて。家族に「話を聞いてない」って怒られるし、正直、疲れ果ててるんです。天職のはずなのに、こんなに苦しいのは、私が間違ってるんでしょうか。
いえ、間違っていません。むしろ、それはとても「よくあること」なんです。ちょうど2026年に、あなたと同じような人たちを調べた研究が出ています。仕事を天職だと感じているハンガリーの起業家31人に、じっくりインタビューした研究です(Jakab & Oláh, 2026)。
私みたいな人を調べた研究があるんですか。
ええ。その研究でまず分かったのは、天職を生きる起業家たちは、まさにあなたと同じ体験をしていた、ということです。「恋をしているみたいなフロー体験」「月曜の朝が苦にならない」と語る一方で、同じ人たちが「自分の感情生活が後回しになった」「休暇中も会社のことが頭から離れない」とも語っていました。ある人の言葉が象徴的です。「自由を与えてくれる分だけ、人生を乗っ取っていく」と。
まさにそれです…!でも、どうして大好きな仕事なのに、こんなことになるんですか?
ポイントは、天職の「良さ」と「苦しさ」が、実は同じ根っこから生えている、ということなんです。あなたにとってお店は、単なる収入源ではなくて「自分そのもの」ですよね。だから深い喜びになる。でも同時に、売上の波や失敗が、ただの仕事の問題ではなく「自分自身への打撃」として響いてしまう。仕事と自分が一体だからこそ、切り離して休むのが難しくなるんです。研究では、これを天職の「両義性」と呼んでいます。良い面と苦しい面が、セットで存在するという意味です。
苦しいのは、天職じゃなかったからじゃなくて…天職だからこそ、なんですね。
そうなんです。実際、研究の参加者たちも、苦しさを「天職が間違っていた証拠」とは捉えていませんでした。「大切だからこそ苦しい」と理解していたんです。ただし、ここからが大事なところです。この研究の一番の発見は、「天職があれば自動的に幸せになれるわけではない」ということでした。
えっ、そうなんですか?天職を見つければ幸せになれると思ってました。
多くの人がそう思っていますよね。でも研究が示したのは、幸せでいられるかどうかは、天職を「持っているか」ではなく、その強烈な関わりを「うまく調整し続けられるか」にかかっている、ということでした。長く続けている参加者たちは、みんな試行錯誤しながら工夫を身につけていたんです。
たとえば、どんな工夫ですか?
大きく3つあります。1つ目は、境界線を引くこと。ある参加者は「境界線を引くことを学ばなければ、すべてを持っていかれるところだった」と語っています。営業時間外は注文メールを見ない、週に1日は完全にお店から離れる日を作る、といった具体的なルールですね。最初から上手な人はいなくて、みんな「学んだ」と言っているのがポイントです。
学べるものなんですね。私、境界線なんて考えたこともなかったです。
2つ目は、自分を知ること。自分はどこまでなら頑張れて、どこからつぶれるのか。何をしているときに消耗して、何で回復するのか。参加者たちは、失敗や消耗の経験を通じて、自分の限界と強みを知っていきました。そして3つ目は、波に備えること。「浮き沈みで事業が潰れないよう、蓄えを作ることを学んだ」という人もいました。心の話だけでなく、お金の備えも心の安定につながるんですね。
なるほど…。でも、境界線を引いたら、仕事への情熱が薄れちゃう気がして怖いです。
いい質問です。研究の結論は、まさにその逆なんです。境界線や自己調整は、情熱を弱めるためのものではなく、情熱を「長持ちさせる」ためのものでした。調整をせずに走り続けた場合に待っているのは、情熱の維持ではなく消耗です。天職は短距離走ではなくて、一生続くマラソンですから。それに、研究の参加者たちは、苦労を通じて「内気だった自分が、自信を持って交渉できるようになった」というふうに、人としての成長も実感していました。うまく調整しながら続けること自体が、あなたを育ててくれるんです。
天職を疑わなくていいんだ、と思ったら、なんだか少し楽になりました。まずは週1日、お店から完全に離れる日を作ってみます。それと、家族との時間はスマホを置くことにします。
素晴らしい第一歩です。それも「一度決めたら終わり」ではなく、うまくいかなければ調整すればいい。研究の参加者も「方向が違うと気づいたら、進路を変える勇気が大切」と語っていました。天職とは、見つけて終わりの宝物ではなく、調整しながら育てていく生き物のようなもの。あなたの焼き菓子と同じで、火加減の調整が命、ということですね。
■ 今日のまとめ
- 天職の喜びと苦しさは同じ根っこから生える。仕事と自分が一体だからこそ深い充実があり、同時に消耗や「頭から離れない」状態も生じる。苦しさは天職が間違っていた証拠ではない(Jakab & Oláh, 2026)
- 天職は「持っているだけ」では幸せにつながらない。境界線を引く・自分の限界と回復法を知る・波に備える、といった継続的な自己調整が、幸せを左右するカギになる
- 境界線や調整は情熱を弱めるものではなく、情熱を長持ちさせるためのもの。調整の技術は誰でも後から学べる
■ 出典・注意事項
- 出典: Jakab, J., & Oláh, A. (2026). Entrepreneurial calling and psychological wellbeing: a qualitative study of a dynamic and regulated work experience. Frontiers in Psychology, 17:1830938.
- 本研究は、仕事を天職と自認するハンガリーの起業家31名への質的インタビュー研究です。因果関係を証明したものではなく、天職と自認する人々の経験パターンを深く記述したものです
- 参加者は「仕事を天職と語る人」に限定されているため、起業家全体に当てはまるとは限りません。また文化的背景(ハンガリー)が異なる点にもご注意ください
- 対話中の相談者は、論文の内容を分かりやすく伝えるための架空の人物です
天職につくことは幸せなのか? 〜天職で起業・独立した人のメンタル〜
https://wellbeing-archive.pages.dev/posts/2026-07-13-1783908180/