2026.04.10

はぴテク相談室:61主観的幸福感と法

相談者

はぴテクさん、実は最近、弁護士を目指して法科大学院への入学を考えているんですが、周りの法律家の人たちって、なんか暗いというか、疲れてる人が多い気がして…。法律の世界って、幸せになりにくいんでしょうか?

はぴテクさん
はぴテクさん

それ、すごく大事なことに気づいていますね。実は、法律と幸福度(研究者はSWB=主観的幸福感と呼びます)の関係を専門に分析した研究があるんです。コロラド大学のHuangという研究者が書いた論文なのですが、その中でまさにその「なんか暗い」という印象がデータでも裏付けられています。

相談者

え、本当に?データがあるんですか?どんな数字なんでしょう…

はぴテクさん
はぴテクさん

ちょっと驚く数字なんですが、2016年の調査(Krill, Johnson & Albert)では、弁護士の約20%にアルコール依存の傾向、約30%にうつの症状が見られたと報告されています。また、アメリカの法科大学院に入学した学生11,000人以上を対象にした2014年の調査では、37%が不安症状、17%がうつ症状を経験していたというデータもあります。

相談者

37%が不安症状…!それって入学してから悪化するんですか?入る前からそうなのかな。

はぴテクさん
はぴテクさん

良い質問です。研究によると、入学時点では学生のSWBは一般の人と同程度かむしろ少し高いくらいなんです。ところが、たった1学期後に統計的に有意なレベル、つまり偶然とは言えない形でSWBが下がることが確認されています(Sheldon & Krieger, 2004, 2007)。入ってから下がる、というのが研究の指摘するところです。

相談者

1学期でそこまで下がるんですね…。なぜそんなに急激に下がってしまうんでしょう?

はぴテクさん
はぴテクさん

論文はいくつかの原因を挙げています。まず「法律家のように考えよ(thinking like a lawyer)」という文化です。論理・分析を徹底的に鍛える一方で、感情や倫理感は「余分なもの」として排除される傾向があります。それに加えて、競争的な成績評価や、「いい成績・高い初任給」といった外側の目標ばかりが強調される環境が重なります。Huangはこれを「ゾンビ化した弁護士の大量発生」とまで表現しています。

相談者

ゾンビ…。感情を失っていくということですか。でも、法律家って感情を切り離せるからこそ冷静に判断できるんじゃないですか?

はぴテクさん
はぴテクさん

それ、一見もっともに聞こえますよね。でも研究はむしろ逆の方向を示しています。共感力・自分の感情を調整する力・思いやりといった「感情的知性」は、弁護士としての能力にも直結すると論文は述べています。特に交渉や調停の場面では、感情を理解できる弁護士のほうが効果的に機能するという知見があります。

相談者

感情を切り捨てると、仕事の質も下がってしまうということ…?じゃあ、どうすればいいんでしょう?

はぴテクさん
はぴテクさん

論文が注目しているのがマインドフルネスと自己慈悲(self-compassion)という実践です。マインドフルネスとは「今この瞬間に意識を向ける」練習のことで、交渉や調停の分野で積極的に取り入れられ始めています。また、自己慈悲の実践が弁護士のSWBを高める可能性を示した研究(Mangan, 2016)もあります。ただし、これらの研究はまだ発展途上で、因果関係が完全に証明されているわけではない点は注意が必要です。

相談者

マインドフルネスが法律の世界にも効くかもしれないんですね。個人で取り組む以外に、組織や制度レベルでの改善はないんでしょうか?

はぴテクさん
はぴテクさん

論文はそこも議論しています。法律事務所が収益の指標だけでなくSWBの指標も取り入れることで、人材の確保・生産性の向上・社会貢献が期待できると論じられています(Brafford, 2014, 2017)。また個人レベルでは「心理的資本」、つまり希望・楽観性・回復力・自己効力感を高めることとSWBの向上に関連があるという研究(Luthans ら, 2006)も紹介されています。

相談者

法律の分野自体が、もっと幸福度を大切にする方向に変わっていける可能性があるということですね。それは少し希望が持てます。

はぴテクさん
はぴテクさん

そうですね。Huangの論文の根底にあるメッセージは「法律は人間が作るものだから変えられる」ということです。累進課税とSWBの関連(Oishi ら, 2012)など、法律の設計そのものをSWBの観点から見直す研究も積み重なってきています。法律の世界は変化の途中にあって、あなたが入っていく頃にはまた違う文化になっている可能性もあります。ただ、今の研究段階では相関関係の把握が中心で、法律の変化がSWBを直接引き上げるとまで断言できるわけではないので、そこは頭に入れておいてください。

相談者

研究段階であることも含めて教えてもらえて、すごくクリアになりました。法律を目指しながら、自分のウェルビーイングも意識することが大事なんですね。

■ 今日のまとめ

  • 法科大学院の入学後にSWBが急低下することがデータで示されており、分析重視・競争的な教育環境が背景にあると研究は指摘しています(因果断定ではなく関連)。
  • 感情的知性(共感・感情調整・思いやり)は弁護士の能力にも関係しており、マインドフルネスや自己慈悲の実践がSWBと関連する可能性が研究で示されています。
  • 累進課税など法律の設計とSWBの関連を示す研究が蓄積されており、制度レベルでも個人レベルでも、法律とウェルビーイングをつなぐ取り組みが始まっています。

■ 出典・注意事項

  • 出典:Huang, P. H. (2018). Subjective Well-Being and the Law. In E. Diener, S. Oishi, & L. Tay (Eds.), Handbook of Well-Being. DEF Publishers.

  • 関連研究:Sheldon & Krieger (2004, 2007)、Organ, Jaffe & Bender (2016)、Krill, Johnson & Albert (2016)、Oishi, Schimmack & Diener (2012)、Luthans, Youssef & Avolio (2006)、Mangan (2016)、Brafford (2014, 2017)

  • 注意事項①:本研究で示されているのは主に相関関係であり、法律の変更やマインドフルネスの実践が直接SWBを高めるという因果関係が完全に証明されているわけではありません。

  • 注意事項②:調査対象の多くはアメリカの法科大学院・弁護士であり、日本の法曹環境にそのまま当てはまるとは限りません。

  • 注意事項③:SWBは多次元的な概念(生活満足度・ポジティブ感情・ネガティブ感情など)であり、単一の数値で全てを表せるものではありません。

投稿者によるコメント・補足(1件)
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研究自体の紹介はこちら😊
61主観的幸福感と法
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