はぴテク相談室:DE&Iは自分の幸せには効かないが、全体の幸せに効く話
はぴテクさん、職場でDE&Iの推進担当をやってるんですけど、正直しんどいんです。研修も制度も手応えはある。でも自分自身が全然幸せじゃなくて。いいことをしてるはずなのに、なんで満たされないんだろうって。
それ、あなたのがんばりが足りないわけでも、向いてないわけでもないですよ。66カ国・97,220人のデータで、社会全体の幸せは何で決まるのかを調べた研究があるんです。あなたの状況をそのまま説明する結果が出ています。
どんなですか。
「同性愛者が隣人でもいい」と思っている人。この考えを持つ本人の幸福度は、どのくらい上がると思いますか。
うーん、心が広そうだし、ちょっとは上がりそうですけど。
ゼロなんです。ほぼぴったりゼロ。でも、その考えが広まっている社会に住んでいる人の幸福度は、はっきり上がる。移民への態度も、ジェンダー平等も、ぜんぶ同じパターンでした。
つまり寛容って……する側じゃなくて、される側を幸せにする?
そうなんです。研究者たちはこれを「共同体主義ルート」と呼んでいます。社会の幸せへの道は2本あって、みんなが自分の幸せを追えば社会も幸せになるという「個人主義ルート」と、社会が人を通じて周りを幸せにする「共同体主義ルート」。
どっちが強いんですか。
共同体主義ルートが2倍以上強かった。ただこのルート、効いているのに本人には手応えが返ってこない。だから続かないし、「意味あるのかな」と思いやすいんです。
それだ。まさにそれです。じゃあ逆に、自分に返ってくるものって何なんですか。
基本的なニーズです。お金がない、食べ物がない、薬が買えない。これが本人の幸福度を最も強く下げていました。あとは警察、裁判所、政府、議会といった制度への信頼。
制度への信頼は、社会っぽい話に聞こえますけど。
ところが完全に「自分にしか効かない」んです。制度を信頼している人が多い社会に住んでいても、自分の幸福度は上がらなかった。社会に関わる話に見えても、自分に効くものと社会に効くものは、きれいに分かれているんですよ。
……ということは。
あなたのDE&Iの取り組みを「担当している自分の満足度」で測ったら、どう見えますか。
効果ゼロに見えますね。しんどいだけ。うわ、ずっとそこで自分を採点してました。
本当は周りに効いている。測る場所が違っただけです。
じゃあ、身近なつながりを大事にするのはどうですか。地域とかチームとか。自分にも社会にも良さそうですけど。
そこがこの研究でいちばん考えさせられるところで。地域に愛着がある人、近所を信頼している人は幸福度が高い。でも、地域への愛着が強い社会は、全体としては幸福度が低かったんです。個人と社会で符号が逆を向いた。
えっ、なんでですか。
近い輪の絆が強すぎると、外の人への信頼が削られる。小さくてつながりの薄い共同体が並ぶ状態を、研究者たちは「粒状の社会」と呼んでいます。
あー……うちの会社も、仲がいいチームほど他部署と話さないかも。
まさにその構図です。内側の結束と、外への橋渡しはセットで考えないと、良かれと思ったことが逆に働きます。
整理されてきました。自分の仕事は、自分に返ってこないタイプの効き方をするものだった。……でもそれ、自分は我慢しろってことでもないですよね?
まったく違います。この研究、個人にも社会にも強く効くものをちゃんと見つけていて、しかもそれが一番効果が大きかった。家計に納得できていること、選択の自由と手応えがあること、健康であること。この3つが56項目でダントツでした。
すごく地味ですね。
地味です。でも圧倒的でした。あなたの幸せの土台はこっちで確保する。そのうえでDE&Iの仕事は「自分への手応え」ではなく「周りへの効き方」で見る。ここを分けるんです。
自分の幸せの口座と、社会への貢献の口座を、別々に持っておく感じですね。
いい言い方ですね。同じ口座で管理すると、貢献しているのに残高が減っていくように見えてしまう。あと一つだけ。チームの結束を強める施策をやるときは、必ず外とつなぐ仕掛けを一緒に入れてください。
しんどさの正体が分かった気がします。「効いてないから虚しい」んじゃなくて、「効いてるのに自分には見えない」だけだったんですね。ちょっとだけ、続けられそうです。
■ 今日のまとめ
- 寛容や多様性の受容は、やっている本人の幸福度をほとんど上げない。でもそれが広まった社会に住む人の幸福度は確実に上げる。効いていないのではなく、自分には返ってこない効き方をしている
- 自分に効くもの(基本的なニーズ、制度への信頼)と、社会に効くもの(寛容、解放、啓蒙の理念)は分かれている。混同すると活動の評価を間違える
- 身近な絆は自分を幸せにするが、強すぎる内向きの結束は社会全体の幸福度を下げる。内側の結束と外への橋渡しはセットで
■ 出典・注意事項
- Global Mapping of Happiness: Mechanisms, Drivers, and Pathways to Societal Happiness/Ewa Palikot & Kuba Kryś(ポーランド科学アカデミー心理学研究所)、Brian W. Haas(ジョージア大学)、Kosuke Takemura(滋賀大学)。World Values Survey第7波、66カ国97,220人。データ:https://osf.io/cmpqs/
- すべて横断データ(多くは2018〜2020年)にもとづく相関的な知見であり、因果関係を示すものではありません
- 日本を個別に取り上げた分析は行われておらず、日本は「儒教アジア」8カ国の一部として扱われています。日本への当てはめは推測になります
- 56項目のうち15項目は、文化圏を越えて一様に働くとは確認されていません
- 対話中の職場への当てはめは研究結果そのものではなく、結果からの推論です。この研究は職場を対象にしたものではありません
- 「個人主義ルート/共同体主義ルート」は本論文が提示する新しい理論的枠組みであり、確立した定説ではありません
論文の紹介はこちら😊
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社会の幸せを高めることと、個人の幸せを高めること
https://wellbeing-archive.pages.dev/posts/2026-07-29-1785310020/