はぴテク相談室:「自分を好きになれない」を、ちょっと違う角度から
はぴテクさん、最近ずっと悩んでることがあって。自己肯定感が低いんです。本を読んだり、自分を褒める練習をしたり、いろいろやってるんですけど、全然上がらなくて。むしろ「こんなに頑張ってるのに変われない自分」がまた嫌になるという。
それ、すごくよく聞くお悩みです。しかも一番しんどいパターンかもしれません。頑張ること自体が、次の自己嫌悪の材料になっちゃってる。
そうなんです。堂々巡りで。
ちょっと質問していいですか。「自分を好きになれない」と思っているとき、頭の中では何が起きてますか。
えーと……「あのときああ言えばよかった」とか「あの人はうまくやってるのに」とか。あと「このままだと将来まずいんじゃないか」とか。ぐるぐる回ってます。
ありがとうございます。今おっしゃったの、全部「自分について考えている」んですよね。過去の自分、他人と比べた自分、未来の自分。
たしかに。ぜんぶ自分の話ですね。
心理学ではそれを自己参照処理と呼びます。自分に関することを考えるときに働く、脳と心のはたらきのことです。脳では、ぼーっとしているときに活発になるデフォルトモードネットワークというまとまりが中心になって動いています。
それって、悪いものなんですか?
ここが今日一番お伝えしたいところなんですが、まったく悪くないんです。むしろ必要な機能です。計画を立てるのも、人の気持ちを想像するのも、この働きがあるからできる。生き延びるために進化してきた、優秀な道具なんですよ。
えっ、じゃあ何が問題なんでしょう。
「量」と「粘り」なんです。この道具がずっと止まらずに回り続けると、反芻(はんすう)という状態になります。同じ考えが繰り返し巡って、ネガティブな確信をどんどん強くしていく。うつや不安の研究でも、この状態のときデフォルトモードネットワークの活動が過剰になっていることが報告されています。
……まさに今の私です。
ですよね。で、ここからが本題なんですけど。相談者さんがこれまでやってきたのって、「自分を褒める」「自分を好きになる」つまり、自分についての内容を書き換えようとする方向だったと思うんです。
はい、そうです。ネガティブな自己評価をポジティブにしよう、と。
その方向、効く人には効くんですが、回り始めた反芻にはあまり効かないことが多いんです。なぜかというと、「自分を好きになろう」も結局、自分について考えることなので。同じ装置が回り続けちゃう。
うわ、盲点でした。燃料を足してたのか。
そうそう。それで今回ご紹介したい論文が、まさにここに別の道を示しているんです。インドの研究チームが今年7月に出した、仏教やヴェーダーンタ哲学と現代の脳科学を突き合わせた論文です。
哲学ですか。ちょっと難しそう。
大丈夫です、結論はシンプルなので。彼らが言っているのは、自己の扱い方には3つのモードがある、ということです。
一つ目が、さっきの自己参照処理。「私が」「私は」で世界を見ている、ふつうのモード。
三つ目が、ちょっと遠い話なんですが、無我とか自己超越と呼ばれる状態。中心にいる「私」の感覚がほとんどなくなる、上級の瞑想実践者に見られるような領域です。
それは私には無理そうです。
ですよね。私もそう思います。で、大事なのは真ん中にある二つ目なんですよ。
真ん中?
メタ認知的気づき、と呼ばれるものです。もっと平たく言うと、「自分の考えを、少し離れたところから眺める力」。
「私はダメだ」と思ったときに、それと一体化するんじゃなくて、「あ、いま『私はダメだ』という考えが出てきたな」と気づいていられる状態です。
……それ、考えの中身は変わってないですよね?
変わってません。そこがポイントなんです。中身を書き換えなくていい。ただ、距離が変わる。
うーん、それで何か変わるんでしょうか。
かなり変わります。というのも、「私はダメだ」という考えがしんどいのは、それが事実として迫ってくるからなんですよ。考えと自分がぴったりくっついている状態。専門用語では融合と言います。
でも一歩離れて眺められると、それは「頭の中に出てきた一つの出来事」になる。事実から、現象に格下げされるわけです。
たしかに、天気予報みたいに聞ければ楽かも。「今日は自己嫌悪が出やすいでしょう」みたいな。
まさにそれです。すごくいい言い方をされますね。
でもそれ、才能ある人だけができることじゃないですか?
いえ、ここが希望のあるところで。論文はこの層を「訓練可能な能力」とはっきり位置づけているんです。生まれつきの性格ではなく、鍛えられるスキルだと。
しかも、これって全然新しい話じゃないんですよ。マインドフルネスストレス低減法とか、マインドフルネス認知療法とか、アクセプタンス&コミットメント・セラピーとか、すでに医療現場で使われている心理療法があるんですが、それらが効いている中核メカニズムがまさにこの層なんです。
つまり、もう実績のある方法がある、と。
そうです。この論文の面白さは、その既存の実績と、何千年も前からある東洋の思想と、脳科学の観察が、実は同じ一本の線の上に並ぶんじゃないかと整理したところにあります。
なんだか壮大ですね。
でも同時に、この論文はすごく慎重でもあるんです。3つのモードについて、わざわざ但し書きを入れています。「これは同じ物差しの上の3目盛りではない」と。
どういうことですか?
一つ目は普通の状態、二つ目は訓練できるスキル、三つ目は変容した結果。性質が全部バラバラなんですね。だから「二つ目を頑張れば必ず三つ目に到達する」とは書いていない。むしろ「その関係は直線的でも必然でもない」と明記しています。
正直で好感が持てますね。
ええ。あともう一つ、大事な警告も入っています。健全な自己超越と、病的な自己の崩壊は、表面上そっくりに見えるけど中身は全然違う、と。
えっ、危ないこともあるんですか。
指導なしに強度の高い瞑想を長時間やったりすると、不安が悪化したり、離人感、つまり自分が自分でないような感覚が出ることが報告されています。だから「深めれば深めるほどいい」という話ではないんです。
なるほど。じゃあ私が明日からやることは、三つ目を目指すことじゃなくて。
二つ目です。しかも、ものすごく地味なところからで大丈夫。
たとえば?
「私はダメだ」と思ったとき、心の中で頭に一言足すだけです。
「私はダメだ」ではなく、
「私はダメだ、という考えが出てきた」。
これだけ。
それだけですか。
それだけです。でもこの一言で、考えの中に入っている状態から、考えを眺めている状態に、一瞬だけ位置が変わります。最初は本当に一瞬しかもたないと思います。それでいいんです。
一瞬でいいんですか。
筋トレと同じで、回数なので。一瞬離れて、また巻き込まれて、また気づいて。その往復自体が訓練になります。「離れっぱなしでいられること」がゴールじゃないんですよ。
……なんか、すごく気が楽になりました。
どのあたりが?
自分を好きにならなきゃいけない、と思ってたんです。それができない自分がダメだと。でも、好きにならなくてもいいんですね。考えとの距離を調節するだけで。
そこがまさに、この論文が示している幸せの形だと思います。「自分をなくす」でも「自分を好きになる」でもなくて、自分との距離を、状況に応じて調節できること。
距離の調節。
仕事で計画を立てるときは、しっかり「私」を使えばいい。夜に反芻が始まったら、少し離れる。そのスイッチを持っているかどうかなんです。自己肯定感の高さより、こっちのほうがずっと実用的だと私は思っています。
今日から「という考えが出てきた」をやってみます。
いいですね。あと一つだけ。うまくできない日があっても、それを「できない自分」の証拠にしないでくださいね。
……あ、それも一つの考えですね。
そういうことです。飲み込みが早い。
■ 今日のまとめ
- 「私が」「私は」で考えるモード(自己参照処理)は悪者ではなく、必要な機能。問題になるのは、それが止まらず反芻として回り続けたときだけ
- 自己肯定感を上げようとする「中身の書き換え」より、考えとの距離を取る「メタ認知的気づき」のほうが訓練可能で、既存の心理療法でも実績がある
- 目指すのは「自分をなくす」ことでも「自分を好きになる」ことでもなく、自分との距離を状況に応じて調節できること
■ 出典・注意事項
- 元論文:Sharma, S., Kumar, P., Chaudhary, V., Kumar, A., Yadav, A., Kumar, R., Yadav, A., Girdhar, A., Kalonia, N., and Singh, P. (2026). A spectrum of self-processing modes: Indian philosophical insights and contemporary science on wellbeing. Frontiers in Psychology, 17:1884131. doi: 10.3389/fpsyg.2026.1884131
- 本稿は概念論文であり、新しい実験データを提示するものではありません。提案された3層モデルは今後の検証を要する仮説です
- 対話は論文の内容を分かりやすく伝えるための創作です。実在の相談事例ではありません
- 瞑想実践には有害事象の報告があります。指導や準備なしの強度の高い実践は、不安の悪化や離人感を招く可能性が指摘されています(Britton et al., 2021;Simeon and Abugel, 2006)
- 気分の落ち込みや反芻が続いてつらい場合は、セルフケアだけで抱え込まず、医療機関や専門の相談窓口にご相談ください