2024.07.07

はぴテク相談室:慈悲とコンパッションの違い

相談者

最近、マインドフルネスとかセルフコンパッションって言葉をよく聞くんですけど、なんか仏教の「慈悲」とどう違うのかなって気になっていて。同じようなものですか?

はぴテクさん
はぴテクさん

いい疑問ですね!実は研究者もそこをしっかり整理しているんですよ。石田一裕さんの2024年の論説によると、まず語義の面では共通点があります。「慈悲」は「慈(じ)」と「悲(ひ)」という二つの言葉が合わさったもので、「慈」は他者に喜びや安楽を与えようとすること(与楽)、「悲」は他者の苦しみを取り除こうとすること(抜苦)を意味します。コンパッションも「他者の苦しみに向き合って感じること」なので、語義としてはかなり近いんです。

相談者

へぇ、じゃあほとんど同じってことですか?

はぴテクさん
はぴテクさん

そこが面白いところで、前提が違うんです。コンパッションは「自分」と「他者」がいて、その他者に向けて感じるもの、という構造になっています。一方、大乗仏教の「大慈悲」は「自他不二(じたふじ)」、つまり自分と他者を分けない、という考え方が土台にあるんです。自他の境界線そのものが違うというか。

相談者

自他不二…難しいですね。どういうイメージですか?

はぴテクさん
はぴテクさん

そうですね、たとえるなら、コンパッションは「向こう岸にいる誰かを助けたい」という感覚、大乗仏教の大慈悲は「そもそも向こう岸も自分も同じ水の中にいる」というイメージでしょうか。自と他をくっきり分けない、というのが大きな違いとして論説では整理されています。

相談者

なるほど!でも最近のセルフコンパッションとかって、自分に向けるものですよね。そうなると仏教の慈悲とまた変わってきそうですね。

はぴテクさん
はぴテクさん

鋭いですね!石田さん自身も論説の中でコメントしていて、コンパッションの概念は「セルフコンパッション」のように自分自身にも向けられるように拡張されてきているので、慈悲との概念的な距離は縮まってきているかもしれない、と述べています。ただ、これはまだ概念整理の段階の話で、どちらが優れているとかいう話ではないですよ。

相談者

慈悲って、生まれつき持っている人だけのものなのかな。私みたいな普通の人が持てるものですか?

はぴテクさん
はぴテクさん

それも論説でしっかり触れられていて、慈悲は「育むことができるもの」だと整理されています。生まれ持った才能ではなく、実践によって培っていけるものだということです。仏教でも、慈悲は修行や実践を通じて深められるものとして位置づけられています。

相談者

実践って、具体的には何をするんですか?

はぴテクさん
はぴテクさん

論説では慈悲は「実践されるべきもの」として、現代でも仏教徒を動かす原動力になっていると述べられています。ただ、論説自体は具体的な瞑想法などの手順を詳述するものではなく、概念の整理と「コンパッション都市」というグリーフケア(悲嘆のケア)に取り組む都市づくりの文脈で慈悲を論じているものなんです。

相談者

コンパッション都市って何ですか?初めて聞きました。

はぴテクさん
はぴテクさん

論説によると、これはケレハーという研究者が提唱した概念で、死や悲嘆、ケアを地域全体で支え合うような都市・コミュニティのあり方を指しています。そこで「コンパッション」という言葉が使われているのですが、日本語に訳すとき「慈悲」が適切かどうか、という問いが論説全体のテーマになっているんです。

相談者

なるほど、言葉の翻訳ひとつで意味合いが変わってくるんですね。じゃあ結局、慈悲とコンパッション、どちらを使えばいいんでしょう?

はぴテクさん
はぴテクさん

論説はどちらが正解かを断定するのではなく、両者の共通点と違いを丁寧に整理することで、訳語を選ぶ視点を提供しよう、というスタンスです。語義は近いけれど哲学的な前提が異なる、でもコンパッションの概念も拡張されてきている——そういう現状を踏まえて、文脈によって使い分けたり、使うときに説明を添えたりすることが大事なのかもしれませんね。

相談者

なんか、言葉の違いを知るだけで、慈悲やコンパッションへの見方が少し変わった気がします。ありがとうございます!

■ 今日のまとめ

  • 「慈悲」と「コンパッション」は語義(他者に安楽を与え、苦しみを取り除こうとすること)において共通するが、大乗仏教の大慈悲は「自他不二(自分と他者を分けない)」を前提とする点でコンパッションと哲学的な土台が異なる。
  • 慈悲は生まれつきのものではなく、実践を通じて育むことができるとされており、現代でも仏教徒の行動を動かす実践的な概念として位置づけられている。
  • コンパッション自体もセルフコンパッションのように自己に向けられる方向へ拡張されてきており、慈悲との概念的な距離は縮まりつつあると論説では指摘されている。

■ 出典・注意事項

  • 石田一裕「慈悲の語義とその実践 ―コンパッションの訳語としての観点から―」『文化と哲学』第40号, 2024年7月, 静岡大学リポジトリ収録 https://shizuoka.repo.nii.ac.jp/record/2000705/files/40-0032.pdf

  • 【注意事項】本論説は哲学・仏教学的な概念整理を目的とした論説であり、実験や調査に基づく因果関係を示したものではありません。

  • 【注意事項】「慈悲を育むと○○になる」といった効果の検証は本論説の対象外です。概念の語義と思想的背景についての整理として参照してください。

  • 【注意事項】コンパッションの拡張(セルフコンパッション等)については論説内のコメントレベルの言及であり、体系的な比較研究ではありません。

投稿者によるコメント・補足(1件)
コメント 1

研究自体の紹介はこちら😊
慈悲とコンパッションの違い
https://wellbeing-archive.pages.dev/posts/2024-07-07-1720312318/

はぴテクさんのウェルビーイング相談室 ありがとう マインドフルネス・瞑想意味・目的・スピリチュアリティ感謝・親切・向社会性

← 検索にもどる