2026.07.26
幸福度を決めるのは「何をしているか」より「何を考えているか」だった
幸福度を決めるのは「何をしているか」より「何を考えているか」だった
人は日常で何を考えているのか?を、正面から測った最新研究。
米国の258人のスマホに、朝7時〜夜11時のあいだランダムに1日8回通知を送り、「今この瞬間、頭にあったこと」を自由記述で書いてもらう。2週間で1人70件。合計23,338件の思考データです。
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まず、人は何を考えているのか。
・感覚・体感(疲れた、眠い等)19%
・仕事 17%
・食べ物 14%
この3つで、思考の約半分。
そして、約2割が「望んでいないのに考えてしまっている思考」でした。
ちなみに「何も考えていなかった」は23,338件中61件だけ。頭が空っぽの瞬間は、ほぼありません。
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ここからが、自由記述だからこそ見えた面白いところ。
・friend(友人)は coworker(同僚)の4.4倍考えられている。仕事のことをあれだけ考えているのに。
・mother は father の3倍。
・dog と cat の合計が、son と daughter の合計をわずかに上回る。(米国サンプルなので、ここは文化差が大きそう)
・want(欲しい)の半分近くが食べ物と飲み物。特にコーヒー。
・need(必要)の1位はリラックス。昼寝と睡眠。
・そして hate(嫌い)の最頻出の対象は、myself。自分自身でした。
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で、本題。思考と幸福度の関係。
幸福度のばらつきを、年齢・収入・学歴・婚姻などの属性、その時していた活動、そして思考、の3つで分解したところ。
思考が、属性と活動を合わせたより多くを説明していました。
「何をしているか」より「何を考えているか」のほうが、その瞬間の幸福度を説明する。
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効果が大きかったのは、
・音楽のことを考えている +0.91
・趣味のことを考えている +0.68
・食べ物のことを考えている +0.61
これ、「就業している(+0.82)」「結婚している(+0.75)」と同じくらいの大きさです。
逆に、望まない侵入的な思考は -0.58 と大きなマイナス。
別研究の収入と幸福の関係を使って換算すると、侵入的思考が半減することは、収入が23%増えるのと同じくらいのインパクト、とのこと。
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もうひとつ面白かったのが、頭の中の「労働と余暇」。
思考を「労働寄り⇔余暇寄り」「生産的⇔消費的」の軸で数値化すると、労働寄り・生産的な思考ほど、その瞬間の幸福度は低い。
つまり頭の中にも、働くか休むかのトレードオフがある、と。
考えることも有限の資源なので、配分の問題が起きている、という発想です。
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・収入や属性、行動よりも、思考が幸せに効いてくる。
・音楽と趣味と食べ物のことを考えている時間は、思っている以上に幸せ。
・逆に、望まないのに頭に居座る思考を減らすことの価値が、かなり大きい。
という感じでしょうか。
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なお、これは相関であって因果ではありません。「良いことを考えれば幸せになる」とまでは言えない。
米国のオンライン調査参加者258人という限界もあります。(著者ら自身が、犬猫の結果は文化特有だろう、と書いています)
それでも、思考をカテゴリではなく「書かれた言葉そのもの」として扱うと、こんなに解像度が上がるのか、という一本でした。
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What do people think about?
人は何を考えているのか
Shanshan Zhang(武漢大学、中国)、Zhou Fang & Joshua Tasoff(クレアモント大学院大学、米国)
2026/6/11 ワーキングペーパー(preprint)
https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=6935018
思考の解剖学 23,338の「心の声」が明かす、私たちの頭の中と幸福の経済学 NotebookLM "我思う、ゆえに我あり" (ルネ・デカルト) "私たちは自分が考えたものになる" (ブッダ) 末踏の大陸 私たちは人生の大部分を「考える」ことに費やしているが、その実態は驚くほど測定されていない。本研究は258人のアメリカ人から収集した23,338件の「生の思考データ」を解析。これまで不可視だった人類の意識の地図を描き出す。 思考を捕捉するレンズ:経験サンプリング法(ESM) ランダムな通知 1日8回、予測不能なタイミングでスマートフォンに通知。 生の声の記録 その瞬間に食嘱を占随して いた「思考のテスト」、行動、幸福度を即座に記録。 意図のタグ付け その思考が「直因的」か、「周界的」か、あるいは「没入的」(無意識の介入)かを本人が分類。 AIによる意味空間へのマッピング 抽出された23,338のテキストデータを大規模言語モデル(LLM)に入力し、思考のトピックと傾向を多次元的に解析。 思考の地形図:私たちの心は何に占拠されているのか? 【思考のビッグ3】 人間の頭の中の半分(約50%)は、極めて日常的で身体的な「感覚・仕事・食」で構成されている。 1位:感覚・知覚(Senses/Percepts)- 19.1% 2位:仕事(Work/Job)- 16.6% 3位:食(Food)- 14.2% 趣味/遊び(10.0%) 人間関係(9.7%) 健康/安全(7.6%) 家事(6.9%) 家計/住居(3.3%) 社会/政治(3.2%) 自己反省(5.8%) 物語(2.3%) 音楽(1.4%) 思考の駆動力:心は自ら動くのか、動かされるのか 偶発的(Accidental)- 23% 心がさまよった、または環境に よって偶然引き起こされた思 考。(ボトムアップの反応) 意図的(Intentional)- 56% 自ら選んで考えた、または現 在の活動に集中している思 考。(トップダウンの集中) 侵入的(Intrusive)- 21% 望んでいないにもかかわらず ず、心に割り込んでくる思考。 思考は受動的な川ではない。 半分以上は自らコントロール しているが、5回に1回は望 まない「侵入的思考」が心を ハッキングしている。 思考のリズム:行動が心の形を決める 時間帯 朝 (Morning) 午後 (Afternoon) 夜 (Evening) 行動 仕事 (Work) 家事・生活 (Home) 社交 (Social) 思考内容 食 仕事 感覚 人間関係 意図的 (Intentional) 侵入的 (Intrusive) 侵入的 (Intrusive) リズムの流動性。仕事中、仕事への思考は「高図的(グリーン)」だが、夜の社交や家事の時間になると、仕事の思考は突如として「侵入的なノイズ(レッド)」へと変粧する。 心の舞台:頭の中の「主役」は誰か? 友人 vs 職場 友人 (Friend) 同僚 (Coworker) 「友人」は、「同僚」の4.4倍多く患者に登場する。 ペット vs 家族 犬/猫 (Dog/Cat) 息子/娘 (Son/Daughter) 「犬/猫」の合出現数は、「息子/娘」の合計を上回り、「兄弟/姉妹」を圧倒する。 兄弟/姉妹 (Siblings) 親の存在感 母 (Mother) 父 (Father) 核家族において、「母」を考える頻度は「父」の3倍に及ぶ。 物理的な時間を共有する相手(同僚や配偶者)が、必ずしも頭の中のメインキャストになるわけではない。 Notebook LM 欲望と感情:私たちの情熱の予先 Want / Need (渇望と必要) 生理的・身体的の欲求 コーヒー、睡眠、昼寝、食べ物 Love (愛) 具体的な関係性と繋索 家族、恋人、娘/息子、音楽、趣味 Worry (不安) 広範な社会的・個人的課題 インフレ、健康、新型コロナ、仕事のプレッセン Hate (憎しみ) 極めて個人的な対象 自分自身、人生、元恋人、現在の仕事 「憎しみ」の最大の対象が「自分自身」である一方、「不安」は経済や健康など外部環境に向けられている。 🏠 NotebookLM 幸福の方程式:最大の決定要因は「属性」ではない あなたが「誰であるか」や「何をしているか」を全て足し合わせても、あなたが「何を考えている」の の半分しか幸福を説明できない。幸福の主戦場は、完全に頭の中にある。 24.3% 属性・社会経済的地位 (Demographics/SES) (年齢、性別、収入、学歴など) 13.6% 活動 (Activities) (何をしているか) 53.6% 思考 (Thoughts) (何を考えているか、その意図性) 幸福の地形図:意図性が喜びを規定する 幸福 (Happiness) 趣味 (Hobbies) 食事 (Food) 集中 (Focus) 孤独 (Lonely) 疲労 (Tire) 不安 (Anxious) 欲求不満 (Frustration) 増悪 (Hate) 意図性 (Intentionality) 意図性の欠如、特に「侵入的思考」は幸福を著しく破壊する。 侵入的思考を半減させることは、収入が23%増加するのと同じ幸福度向上効果を持つ。 🔵 NotebookLM 4つの思考アーキタイプ:あなたはどのタイプ? Worrier (心配性) • 特徴:政治、社会問題、健康への思考が平均の1.5倍。 • 頻出語:孤独、痛み、疲労、新型コロナ。 Domestic (家庭的) • 特徴:家計、家事、日常のタスクに集中。 • 頻出語:解決する、プロセス、メッセージ。 Bodily (身体感覚) • 特徴:最も若く、侵入的思考が多い。感覚への鋭敏さ。 • 頻出語:頭痛、汗ばむ、息苦しい、圧倒される。 Work-Hard Play-Hard (仕事と遊びの達人) • 特徴:仕事と娯楽への思考が突出。全グループで最高収入・最高幸福度。 • 頻出語:プレゼン、リサーチ、リラクゼーション、ジム。 脳内のミクロ経済学:思考の労働と余暇 「信念に基づく効用(Belief-based utility)」。思考は無限ではない。 私たちの心は、限られたリソースを二つの領域でトレードオフ(分配)している。 生産的・労働的思考 (Productive/Labor) • 計画、問題解決、タスクの処理。 • 目標達成のための「投資」。 消費的・余暇的思考 (Consumptive/Leisure) • 空想、娯楽、心地よい思い出。 • 直接的な喜びを生む「消費」。 生産性の代償:幸福を「支払って」生きる 幸福度 (Happiness Score) Leisure 労働・余暇 スコア Labor (Labor-Leisure Score) 労働的・生産的な思考は、統計的に幸福度を明�に押し下げる。しかし、人間は「消費的(幸福な)思考」だけでは生き延びられない。私たちは未来の目標を達成するために、日々の幸福度をコストとして支払いながら、生産的な思考を行っているのである。 🔖 NotebookLM 思考データの応用:見えないも
【背景】
■流れ1:そもそも「頭の中」をどう測るのか、という長い試行錯誤
意識的な思考(conscious thought)は、人間の経験の中心にありながら、驚くほど研究が少ない領域でした。理由は単純で、他人の頭の中は直接のぞけないからです。
▼記述的経験サンプリング法(DES)という最初の突破口
・Klinger (1978)、Hurlburt (1997)、Hurlburt & Akhter (2006)、Heavey & Hurlburt (2008)
・ランダムなタイミングで「ビープ音」を鳴らし、そのとき頭にあったことを紙に記録してもらう。さらに訓練を受けた心理職が面接して、体験の細部を丁寧に掘り起こす手法です
・「記述的(descriptive)」とは、あらかじめ用意した選択肢に当てはめるのではなく、体験そのものを言葉で描写してもらう、という意味です
・利点は情報の豊かさ。欠点は、面接が必要なため人数を増やせないことです
▼経験サンプリング法(ESM)への発展
・Csikszentmihalyi, Larson & Prescott (1977)、Larson & Csikszentmihalyi (2014)
・ESM(experience sampling method)は、日常生活のランダムな時刻に通知を送り、「今、何をしていて、何を感じているか」をその場で答えてもらう方法です
・後から思い出して答える調査(記憶バイアスがかかる)と違い、その瞬間を捉えられるのが強みです
・提唱者のチクセントミハイは「フロー」概念で知られる研究者で、ESMはもともと日常体験の質を測るために開発されました
・本研究のデータ収集はこのESMの直系にあたります
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■流れ2:ESM研究で最も栄えた分野は「マインドワンダリング」
ESMが普及したあと、思考研究の中心テーマになったのがマインドワンダリング(mind-wandering)でした。
・マインドワンダリングとは、目の前の課題から注意がそれて、心が勝手にさまよっている状態のことです
・関連研究:Kane et al. (2007)、McVay, Kane & Kwapil (2009)、Killingsworth & Gilbert (2010)、Smallwood et al. (2011)、Stawarczyk et al. (2011)、Song & Wang (2012)、Franklin et al. (2013)、Poerio, Totterdell & Miles (2013)、Hoffmann et al. (2016)、Kane et al. (2017)、Smith et al. (2018)
▼この分野の代表格
・Killingsworth & Gilbert (2010)「A wandering mind is an unhappy mind」(Science誌)
・スマホアプリで大規模にESMを実施し、「心がさまよっているときほど幸福度が低い」という関係を示した有名研究です
・本研究はのちに、この古典的知見を自分たちのデータでも再現しています
▼ただし、この分野の限界
・マインドワンダリング研究は、思考を「課題に向いているか/いないか」という二分法で捉えます
・つまり、思考の「中身」ではなく「向き先」だけを見ている、ということです
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■流れ3:ESM思考研究のその他の広がり
マインドワンダリング以外にも、ESMは思考のさまざまな側面を測ってきました。ただしいずれも「あらかじめ決めた1つの軸」で思考を分類する形です。
▼時間的志向(過去・現在・未来)
・Busby Grant & Walsh (2016)、Beaty, Seli & Schacter (2019)、Anderson & McDaniel (2019)、Baumeister et al. (2020)、Mckeown et al. (2021)
・「メンタルタイムトラベル」— 心が過去を振り返ったり未来を先取りしたりする働きを扱います
▼反芻(rumination)
・Moberly & Watkins (2008)、Fuochi & Voci (2024)
・反芻とは、ネガティブな出来事や自分の欠点を繰り返し考え込んでしまう思考パターンで、抑うつと強く関連することが知られています
▼思考のコントロール
・Hartley et al. (2015)、Niessen et al. (2020)、Kornacka, Skorupski & Krejtz (2023)
・不要な考えを抑え込もうとする試みが、日常でどう機能する(あるいは失敗する)かを扱います
▼刺激依存的か、自発的か
・Gross et al. (2021)
・目の前の対象に引き起こされた思考なのか、外界と無関係に湧いた思考なのか、という区別です
▼音楽についての思考
・Bailes (2015) — 頭の中で音楽が鳴っている現象を扱った研究です
▼社会的思考・社会的比較
・Mckeown et al. (2021)、Desjarlais (2024)
・SNS投稿や他者との比較が、その場の気分や自尊心にどう響くかを扱います
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■流れ4:ここが最大の空白 —「思考のテキストそのもの」がほとんど分析されていない
ここまでの研究は、思考を少数のカテゴリに自己分類してもらう方式が中心でした。
・カテゴリ化の利点:仮説検定がきれいにできる(数値として扱いやすい)
・カテゴリ化の欠点:情報が大量に失われる。「人は何を考えているのか」という問いに、選択肢の粗さ以上の解像度では答えられない
▼テキストを分析した先行研究は、著者らの把握では3本だけ
・Li et al. (2022)、Li et al. (2024)、Mildner & Tamir (2024)
・しかもこの3本は、いずれも自然な日常場面でランダムに思考テキストを抽出したものではありません(実験室での安静時測定などが中心です)
・テキスト(自由記述)は高次元で情報量の多いデータであり、カテゴリでは見えないものが見える — ここが本研究の中心的な主張です
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■流れ5:主観的ウェルビーイング(SWB)研究との接続
本研究のもう一つの柱は「思考と幸福度の関係」です。ここには膨大な蓄積があります。
▼SWB研究の主要レビュー
・Frey & Stutzer (2002)、Kahneman & Krueger (2006)、Clark, Frijters & Shields (2008)、Dolan, Peasgood & White (2008)、Benjamin et al. (2023)、Benjamin et al. (2024)
・SWB(subjective well-being、主観的ウェルビーイング)とは、本人が自分の人生や気分をどう評価しているかを指します
・所得、失業、健康、人間関係など「経済的・社会的な要因」とSWBの関係が長年調べられてきました
▼活動とSWB
・Choi, Catapano & Choi (2017)、Krekel & MacKerron (2025)
・「何をしているか」がその瞬間の幸福度とどう結びつくかを扱う流れです
▼選択とSWB
・Benjamin et al. (2012) — 人は「自分が幸せになる」と思う選択肢を必ずしも選ばない、という研究です
▼思考の属性からSWBを予測した研究
・Killingsworth & Gilbert (2010)、Nyklíček, Tinga & Spapens (2021)
・本研究に最も近い先行研究ですが、いずれも思考を粗いカテゴリで表現しており、テキスト表現は使っていません
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■流れ6:経済学側の動機 —「信念効用(belief-based utility)」
この研究の著者は経済学者で、行動経済学の理論的な問題意識が出発点にあります。
・効用(utility)とは、経済学で「その人がどれだけ満足しているか」を表す概念です
・通常は「何を消費したか」で効用が決まると考えますが、「何を信じているか・何を考えているか」自体が効用を生むと考える理論群があります。これが信念効用です
▼源流
・Schelling (1988)「消費器官としての心」— 心そのものが消費をおこなう器官だ、という発想です
・Geanakoplos, Pearce & Stacchetti (1989) — 信念が利得に直接入る「心理ゲーム」の枠組みです
▼一貫性への選好(自分の信念を保ちたい)
・Akerlof & Dickens (1982)、Rabin (1994)、Eyster (2002)、Yariv (2002)、Bénabou & Tirole (2011)
・認知的不協和(自分の行動と信念が食い違うときの不快感)を経済モデルに取り込んだ流れです
▼将来についての思考が生む効用
・Loewenstein (1987)、Caplin & Leahy (2001)
・楽しみな予定を待つワクワク(期待効用)や、嫌な予定への不安(恐れ)を扱います
▼自分の能力についての信念
・Bénabou & Tirole (2002)、Kőszegi (2006)
・自信そのものが効用を持つ、という考え方です
▼消費への期待・参照点
・Kőszegi & Rabin (2006, 2009)
・「何を期待していたか」が満足の基準点になる、という理論です
▼近年、これを明示的に述べた論文
・Loewenstein & Wojtowicz (2025)、Bolte & Raymond (2024)、Capra, Tasoff & Xu (2025)
・これらは「人は何を考えるかによって効用を得る」と明言しています
・だからこそ、「では実際に人は何を考えているのか」を実測する必要がある — これが本研究の直接の動機です
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■流れ7:「頭の中の資源配分」という発想
本研究の最終分析(生産的思考と消費的思考のトレードオフ)は、次の理論的伝統に接続しています。
・Brocas & Carrillo (2008)「階層的組織としての脳」
・Alonso, Brocas & Carrillo (2014)「脳における資源配分」
・脳内の複数の主体が、限られた資源を配分し合う組織のように振る舞う、というモデル群です
・本研究はここから「思考そのものが配分される資源ではないか」という仮説を立て、労働-余暇のトレードオフ(働くか休むか)に似た構造が思考の中にもあるかを検討しています
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■流れ8:「意図的な思考」を定義するための注意研究
本研究は思考を「意図的/偶発的/侵入的」に分類しますが、その根拠は注意研究にあります。
・Theeuwes (2010)、Sussman, Jin & Mohanty (2016)、Moore & Zirnsak (2017)
・トップダウン型注意:自分の目標に向けて能動的に注意を向けること
・ボトムアップ型注意:大きな音や急に近づく物体など、環境の側から注意が引っぱられること
・この二つの過程があるという知見をもとに、思考も「自分で選んだもの」と「勝手に来たもの」に分けられる、と整理しています
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■流れ9:分析手法そのものの先行研究
テキストを扱うため、分析手法にも既存研究の蓄積が使われています。
▼説明力の分解
・Shapley (1953)、Owen (1977)
・もとはゲーム理論の「貢献度の公平な分け方」の理論で、これを応用して「幸福度のばらつきのうち、思考・活動・属性がそれぞれ何%を説明しているか」を分解しています
▼テキストをデータとして扱う方法論
・Grimmer, Roberts & Stewart (2022)『Text as Data』
・社会科学でテキスト分析を行うための標準的な教科書で、対数オッズ比やtf-idf(ある集団に特徴的な語を見つける指標)の扱いを参照しています
▼単語埋め込みで「概念の軸」を作る方法
・Kozlowski, Taddy & Evans (2019)
・単語埋め込み(word embedding)とは、単語を数百次元の数値ベクトルに変換し、意味の近さを距離で表す技術です
・反対語のペア(例:労働 ↔ 余暇)の差を取ることで、意味空間に「軸」を引ける、という手法を確立した論文です
▼その改良と品質評価
・Boutyline & Johnston (2025)
・上記の軸の作り方をより信頼性の高いものにする手順と、その良し悪しを測る指標(平行性)を提案しています
▼使用した埋め込みモデル
・Xiao et al. (2024) — BERT系のアーキテクチャに基づくテキスト埋め込みモデルです
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■流れ10:今後の展開として参照されている研究群
本研究は「第一歩」と位置づけられており、次の展開先として以下が挙げられています。
▼文化の持続性
・Nunn (2021)、Alesina, Giuliano & Nunn (2013)
・数千年前の農耕形態(鋤を使えた土壌かどうか)が、現在の女性の自由度に関する規範にまで影響している、という研究です。文化的適応は思考にも影響するのか、という問いにつながります
▼WEIRD問題
・Henrich, Heine & Norenzayan (2010)
・WEIRDとは Western(西洋)・Educated(高学歴)・Industrialized(産業化)・Rich(裕福)・Democratic(民主主義)の頭字語です
・心理学の知見の多くはこうした特殊な集団から得られており、人類一般には当てはまらない可能性がある、と指摘した論文です。本研究も米国サンプルであるため、限界として自ら引用しています
▼貧困と認知
・Haushofer & Fehr (2014)、Schilbach, Schofield & Mullainathan (2016)、Shah et al. (2018)
・生存に関わるストレスが認知そのものを変えてしまう、という研究群です
▼所得と幸福
・Killingsworth (2021)、Killingsworth, Kahneman & Mellers (2023)
・所得と経験的な幸福の関係をめぐる議論で、本研究のサンプル内でも参照されています
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■まとめ:この研究が埋めようとした空白
・思考を日常のランダムなタイミングで測る方法(ESM)は50年近い蓄積がある
・しかしその中身は、ほぼ常に「少数のカテゴリ」に圧縮されて分析されてきた
・自由記述された思考テキストそのものを、自然な日常環境からランダムに集めて分析した研究は、ほぼ存在しなかった
・一方、経済学は「人が何を考えるかが効用を生む」という理論を積み上げてきたが、実際に人が何を考えているかの実測データを持っていなかった
・この二つの空白が重なるところに、本研究が置かれています
【研究内容】
■1.方法
▼参加者
・オンライン調査プラットフォーム Prolific から募集した、18歳以上・英語が流暢・スマートフォンを所有する米国人
・最終サンプルは258名
・年齢19〜71歳、女性が約47%、非白人が約21%、教育年数10〜21年
・「多様ではあるが、米国を代表する標本ではない」と著者ら自身が明記しています
▼データ収集の手順(ESM)
・ESM(経験サンプリング法)とは、日常生活のランダムな時刻に通知を送り、その瞬間のことをその場で答えてもらう方法です
・PIEL Survey というアプリを各自のスマホに入れ、朝7時〜夜11時の間、2時間ごとのブロックそれぞれの中のランダムな1点で通知が鳴る仕組み(1日8回)
・「1日平均5回は答えてください」と依頼し、2週間で70件の記録を目標としました。届かない場合は最大2週間の延長を許容
・報酬は、事前調査(9分)に1ドル、完了ボーナス30ドル、加えて自分の思考データの個人レポート
・データはアプリ内でCSVとしてスマホにローカル保存され、終了時に本人がアップロードする方式。個人特定情報は収集していません
・最終的に23,338件の思考が集まりました
・通知の約25%は応答されずに終わっています
▼通知が鳴ったとき、何を尋ねたか
・その瞬間、意識の中で最も支配的だった思考を、自由記述の自然言語で書いてもらう
・その思考は侵入的か(intrusive:望んでいないのに考えてしまっているか)
・思考の内容を12カテゴリのどれかに自己分類
・思考の原因(選んだ/心がさまよった/していることに集中している/見聞きしているものに集中している/何かに思い出させられた。複数選択可)
・同時に何をしていたかを、同じく自由記述+12カテゴリで回答
・幸福度を -5 から +5 の11段階で自己評価
▼カテゴリの設計
・活動の12カテゴリは、米国のアメリカ生活時間調査(American Time-Use Survey)に準拠
・思考の12カテゴリは、感覚/知覚、食べ物、仕事、金銭・住居、家事、人間関係、世界・社会・政治、健康・安全、趣味・遊び・芸術、物語、音楽、自己内省
▼分析に使った主な技術
・テキスト埋め込み(text embedding):文章を数百次元の数値ベクトルに変換し、意味の近さを距離で表す技術。ここではBAAIのbge-base-en(BERT系、12層12ヘッド、768次元)を使用
・大規模言語モデル(LLM):自由記述から動詞の目的語を抜き出し、テーマ分類する作業にChatGPT 4oのAPIを使用。信頼性は後述の通り検証済み
・Shapley-Owen分解:もとはゲーム理論の「貢献度の公平な配分」の考え方で、回帰分析の説明力(R²)を変数グループごとに分け合う手法
・調整済みジニ係数:もとは所得格差の指標。ここでは「ある単語の使用が、一部の人に偏っているか、広く分散しているか」を測るために使用。単語の出現回数が少ないと見かけ上偏りが大きく出てしまうため、その偏りを補正した独自版を用いています
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■2.結果1:人は何を考えているのか、なぜそう考えるのか
▼思考内容の分布
・感覚/知覚:19.1%(疲れ、眠気など、身体の内側の感覚が多い)
・仕事:16.6%
・食べ物:14.2%
・ここまでの3つで全思考の約半分を占めます
・趣味・遊び・芸術:10.0%
・人間関係:9.7%
・健康・安全:7.6%
・家事:6.9%
・自己内省:5.8%
・金銭・住居:3.3%
・世界・社会・政治:3.2%
・物語:2.3%
・音楽:1.4%
・ちなみに「何も考えていなかった」という報告は、23,338件中わずか61件でした。頭が空っぽになる瞬間は、ほとんど報告されません
▼思考の原因(複数選択可)
・自分で選んだ:41%
・心がさまよってこの思考に至った:31%
・していることに集中している:27%
・見聞きしているものに集中している:15%
・何かに思い出させられた:8%
・そして「望んでいないのに考えてしまっている(侵入的)」が21%
・つまり、一日の思考の約5分の1は、本人の意志に反した思考だということになります
▼「意図性」という指標のつくり方
・注意研究には、目標に向けて能動的に注意を向けるトップダウン過程と、環境に注意を引っぱられるボトムアップ過程がある、という知見があります(Theeuwes, 2010ほか)
・これを踏まえ、思考を3つに整理しました
①意図的:選んだ/していることに集中/見ているものに集中
②偶発的:心がさまよった/思い出させられた
③侵入的:望まないのに考えている
・重複する場合は、侵入的 > 偶発的 > 意図的 の順で優先
・結果は、意図的56%、偶発的23%、侵入的21%。おおよそ半分が「自分で選んだ思考」でした
▼一日のリズムと思考の連鎖
・時間帯 → 活動 → 思考内容 の流れをサンキー図(流量を帯の太さで表す図)で可視化しています
・午前:仕事と家庭の活動がほぼ半々、社交はごく少ない
・午後:仕事・家庭・社交がほぼ均等
・夕方以降:仕事から社交へ重心が移る
・仕事中は、意図的な思考の大半が仕事についてのもの。一方で、身体的な必要や自己内省の思考は侵入的な色合いを帯びます
・社交中は、意図的な思考が娯楽へ向かう
・家庭での活動中は、意図的な思考が食べ物や必要事へ向かう
・そして、社交中や家庭活動中には、仕事の思考が「侵入的なもの」に変わります
・著者らの表現を借りれば、一日のリズムが活動を形づくり、活動が思考の原因と内容を形づくる、という入れ子構造が見えるということです
ーー
■3.結果2:誰を思い、何を欲し、何を愛し憎んでいるのか
ここが「テキストだから見える」部分です。カテゴリ分類だけでは絶対に出てこない結果が並びます。
▼人間関係を表す言葉の出現頻度
●最頻出は friend(友人)で323回
・恋愛パートナーを指す4語(husband, wife, boyfriend, girlfriend)の合計は344回で、friend単独とほぼ同じ規模
・仕事の思考が多いにもかかわらず、friend は coworker(同僚)の4.4倍(p < 0.001)。もちろん同僚が友人であることもありますが、「友人」という関係の表象のほうが圧倒的に優勢でした
・friend と共起しやすい語は talk、see。参加者の46%が少なくとも1回は friend に言及しており、浸透度も最も高い
●dog と cat の合計382回は、son と daughter の合計314回をわずかに上回りました
・ただしこれはサンプルの文化・属性に強く依存する結果で、ペット飼育率が低い集団では全く違う数字になるだろう、と著者らは注意しています
・dog は walk(散歩)と結びつき、dog も cat も「必要(need)」と「不思議に思う(wonder)」の文脈で語られます
・son と daughter は、必要、学校、準備といった語と結びついています
・son は daughter より64%多く登場(ただし p = 0.08 で通常の基準では有意ではない)
・配偶者より子どものほうが多く思われている(p = 0.019)
●核家族の中では mother が圧倒的で、father の3倍(p < 0.001)
・father、sister、brother は son や daughter の5分の1〜2分の1程度と少なめ
・著者らの解釈:女性は親からの注意はやや少なく受け、子からの注意はより多く受けているのかもしれない
▼欲求と感情の「対象」
want(欲しい)、need(必要)、feel(感じる)、worry(心配)、love(愛する)、hate(嫌う)という6つの動詞について、その目的語となる名詞を抽出し、テーマ分類しています。
・want:半分近くが食べ物・飲み物。とくにコーヒー
・need:29%がリラックス(昼寝、睡眠)。21%が食べ物・飲み物で、やはりコーヒーが目立つ
・feel:身体感覚・ポジティブ感情・ネガティブ感情がほぼ3等分。身体感覚では tire(疲れる)、sleepy が支配的。感情では good が頻出
・worry:対象が非常に広範。仕事(work、presentation)、お金(money、inflation)、健康(health、covid)、人間関係(friend、husband)、動物(cat、dog)
・love:恋人・家族が中心(boyfriend、girlfriend、family、daughter、son)。加えて娯楽(song、tiktok)、食べ物(food、chocolate)、動物
・hate:最も多い対象のひとつが「自分自身と近しいもの」で、myself が最頻出、次いで life、ex(元恋人)。仕事関係、テクノロジー、政治、天気も頻出
・「思考」と「感情」はしばしば対立するものとして語られますが、思考の中身がまさに感情そのものであることも多い、というのが著者らの指摘です
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■4.結果3:思考と幸福
▼意図性と幸福の地図
・出現20回以上の515語を「平均意図性 × 平均幸福度」の平面にプロットしています
・全体傾向として、意図性が高い語ほど幸福度も高い。これは「さまよう心は不幸な心」という古典的知見(Killingsworth & Gilbert, 2010)の概念的な再現にあたります
・ただし、同じ幸福度でも意図性は大きくばらつきます
・幸福度がおよそ -1 の帯:lonely、fat(意図性0.2未満)→ anxiety(0.32)→ hate(0.49)→ frustration(0.68)。どれもネガティブですが、意図性が上がるほど「障害に向き合っている」性格を帯びていきます
・幸福度がおよそ +1 の帯:stuffy、notification、restroom(0.3未満)→ want、car(0.5〜0.7)→ work、focus(0.7超)
・意図性の低い語は環境への反応、高い語は自発性と結びつく、という整理です
▼幸福度のばらつきを、何がどれだけ説明するか
ここがこの論文の目玉です。幸福度を、属性・活動・思考で説明する回帰分析を3通り行い、説明力(R²)をShapley-Owen法で分解しています。
・R²とは、結果のばらつきのうち何割をモデルが説明できたかを表す指標です
●仕様1(カテゴリのみ):R² = 0.13
・人口統計・社会経済的地位(SES):60.7%
・活動カテゴリ:13.6%
・思考内容カテゴリ:25.7%
・同じ12個ずつのカテゴリでも、思考は活動のほぼ2倍を説明していました
●仕様2(カテゴリを捨て、思考と活動それぞれの頻出200語に置き換え):R² = 0.22
・属性・SES:約31%
・活動の語:26.0%
・思考の語:42.6%
・カテゴリを生のテキストに置き換えただけで、説明力がほぼ倍増しました
●仕様3(すべて投入。加えて思考の原因5カテゴリと侵入性も追加):R² = 0.27
・思考関連の変数だけで53.6%(思考の語28.1%、思考カテゴリ7.1%、原因10.5%、侵入性7.9%)
・属性・SES:24.3%
・活動関連:22.1%
・結論:幸福度の説明されたばらつきの大部分は「思考」に帰属する。人口統計・社会経済的地位・活動を合わせたものより、思考のほうが多くを説明していました。著者らはこれを新規の知見だとしています
▼個別の係数(仕様3、p < 0.05のもの)
・音楽について考える:+0.91
・趣味について考える:+0.68
・食べ物について考える:+0.61
・これらは「就業している(+0.82)」「既婚である(+0.75)」と同程度の大きさです
・仕事について考える:+0.32(有意に正)。仕事は hate の対象にもなりますが、全体としては肯定的な感情と結びついていました
・侵入的思考:-0.58(標準誤差0.13、p < 0.0001)と大きな負の効果
▼所得に換算するとどれくらいか
・ESMで測った幸福度は対数所得に対しておおむね直線的に上がり、所得10%増で約0.011標準偏差の上昇にあたることが知られています(Killingsworth, 2021;Killingsworth, Kahneman & Mellers, 2023)
・この換算を当てはめると、侵入的思考が10パーセントポイント減る(およそ半減する)ことは、所得が23%増えるのと同程度の幸福度上昇に相当する、という計算になります
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■5.結果4:思考のパターンには個人差があるか
▼手順
・各思考をベクトルに変換し、個人ごとに平均して「その人の思考の平均的な意味」を表すベクトルを作成
・次元が高すぎるとクラスター分析がうまく働かないため、主成分分析(PCA)で100次元に圧縮(元の分散の96.3%を保持)
・k-means法(データを指定個数のまとまりに分ける代表的な手法)でクラスタリング
・クラスター数はエルボー法で3か4が候補となり、解釈可能性から4を採用
・別の次元圧縮法や別のクラスタリングでも検証し、一致度(調整ランド指数)の中央値・平均は0.55〜0.61で、強い一致とされています
▼4つのクラスター
●Worrier(心配型、57名)
・世界・政治・社会の思考が平均より約60%多く、健康・安全が約50%多い
・感情の調整のためか、音楽についての思考が平均のほぼ2倍
・代表語:covid、awake、lonely、hunger、fatigue、pain
●Domestic(生活型、56名)
・金銭・住居、家事、物語がそれぞれ平均より約50%多い
・代表語にはっきりしたテーマがなく、最も雑多:solve、church、process、debate、document、message
●Bodily(身体型、66名)
・感覚/知覚の思考が平均より約50%多い
・最も女性が多く(64%)、最も若く(平均32歳)、侵入的思考の割合が最も高い(28%)
・代表語:stuffy、therapist、ache、sweaty、pee、headache
●Work-Hard Play-Hard(仕事も遊びも型、69名)
・最も男性が多く(63%)、所得が最も高く、幸福度も最も高い
・仕事の思考が平均より50%多く、趣味も約25%多い
・代表語:relaxation、presentation、article、project、research、gym
▼重要な補足
・活動の分布はクラスター間でほとんど変わらず、属性・SESの差も思考内容の差ほど大きくありませんでした
・つまり、思考パターンの違いは「していることの違い」や「属性の違い」の反映だけでは説明できないということです
・ただし著者らは、これは例示であって確定的な類型ではなく、安定した類型を得るにはより大きく長期のデータが必要だと明言しています
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■6.結果5:「思考の経済学」— 生産的思考と消費的思考のトレードオフ
▼考え方
・思考は有限なので、その配分にはトレードオフが生じるはずだ、というのが出発点です
・生産的思考:目標を進める中間生成物を生む思考(献立を考える、料理中に注意を向ける など)
・消費的思考:それ自体が直接の効用を生む思考(空想、物語、パズル など)(Schelling, 1988)
・消費的思考だけでは生きていけないので、人は「あまり楽しくない生産的思考」にも時間を割かざるを得ない。これは労働経済学の労働-余暇トレードオフと同じ構造です
▼どう測ったか
・テキスト埋め込みの空間では、ベクトルの引き算が意味の演算のように振る舞います(「王」-「男」+「女」≒「女王」といった例)
・そこで、反対語のペアの差分を取ることで「概念の軸」を作る手法(Kozlowski, Taddy & Evans, 2019)を用い、Boutyline & Johnston (2025) の推奨手順に従いました
・労働-余暇の軸:job と hobby のような単語ペアに加え、「今、頭は仕事に向いている」対「今、頭は娯楽に向いている」といった文ペアも使い、36ペアの差分を平均
・生産的-消費的の軸:同様に36ペア
・両者の平均を統合軸とする
・軸の品質指標「平行性」(構成に使ったベクトル同士がどれだけ揃っているか)は、労働-余暇 0.25、生産的-消費的 0.22(いずれも強いとされる水準)、統合軸 0.17(可)
▼交絡の処理
・軸を作る単語の感情価(ポジティブ/ネガティブの色合い)が偏っていると、幸福度との関連が「作った時点で」生じてしまいます
・そこで感情価の軸(ポジティブ-ネガティブ、28ペア、平行性0.49)も別途構成し、3つの軸を感情価に対して直交化(感情価の成分を取り除く操作)しました。ここは丁寧な処理です
▼結果
・労働-余暇の得点と生産的-消費的の得点の相関は0.69(p < 0.0001)
・意図的思考に限定し、個人内で平均を引いた幸福度を各軸に回帰(個人固定効果あり)すると
・労働-余暇軸:1標準偏差の上昇につき幸福度 -0.09標準偏差
・生産的-消費的軸:-0.04標準偏差
・統合軸:-0.08標準偏差
・いずれも p < 0.01
・活動の変数(カテゴリと語)を統制すると、係数は -0.04(p < 0.01)、0.01(有意でない)、-0.02(p < 0.05)へ縮小
・縮小したということは、関係の一部は「何をしていたか」で説明できるということ。ただし労働-余暇の副次元では効果が残り、幸福と労働志向的な思考のトレードオフと整合的だ、というのが著者らの読みです
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■7.LLMを使った部分の妥当性検証
自由記述からの目的語抽出とテーマ分類にChatGPT 4oを使っているため、その信頼性を別途検証しています。
・比較対象:人間コーダー3名の多数決、Anthropic の Claude Sonnet 4.5、Google の Gemini Flash 2.5
・人間コーダーとの級内相関(ICC:評価者間の一致度を表す指標)の平均は0.70、一致率は81%
・他のAIモデルとの平均ICCは0.79、一致率は89%
・「人間の判断とも他のLLMとも整合的な分類である」と結論づけています
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■8.考察
▼この研究の位置づけ
・著者らは本研究を、まず方法論上の前進として位置づけています
・思考をESMで記録した研究は多数あるが、実験室の外で思考のテキストそのものを分析した研究はほぼ存在しなかった
・人間関係、欲求、感情の「対象」を自然言語の思考報告から系統的に調べた研究は、著者らの知る限り初めて
・幸福を説明する力を、思考・活動・個人属性に分解した研究も、知る限り初めて
▼今後の展開として挙げられていること
・代表性のある全国標本による「思考の国勢調査」と国際比較
・文化の持続性(Nunn, 2021;Alesina, Giuliano & Nunn, 2013)が思考にまで及ぶかの検証
・WEIRD問題(Henrich, Heine & Norenzayan, 2010)を踏まえた非西洋圏での検証
・性別・年齢による思考パターンの差、より長期のパネルによる安定性と人生上の出来事への反応
・思考内容を実験的に動かして因果関係を検証すること
・位置情報や周囲の写真を使い、環境が思考をどう形づくるかを測ること(Krekel & MacKerron, 2025 の方向)
・貧困が認知を変えるという研究(Haushofer & Fehr, 2014ほか)を、思考テキストで精緻化すること
・思考の配分が本当に最適化過程に従うのかの検証
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■9.限界(著者ら自身の記述)
▼一般化可能性
・米国サンプルは多様だが全国代表ではなく、多くの知見は文化特有の可能性がある
・例として、この標本では犬と猫が頻繁に思考に登場したが、ペット飼育率の低い集団では再現しないだろう、と自ら挙げています
・WEIRDな標本の心理は他集団と大きく異なりうるため、外挿には注意が必要
▼報告の選択性
・性に関する思考が驚くほど少なかった(sex という語は全データで11回のみ)。プライバシー保護のため直接尋ねていないこともあり、過少報告と考えられる
・社会的望ましさバイアス(恥ずかしい話題や規範に反する話題は報告されにくい)の影響がありうる
・手がふさがっている、会議中、運転中など、答えにくい・答えると危険な場面では応答が減る。映画館や家族との夕食など、スマホが手元にない場面の思考も落ちやすい
・実際、通知の約25%は未応答。これは経験サンプリング法に本質的に伴う限界です
▼因果関係
・思考と幸福の関係は相関であって因果ではない
・逆方向の因果(幸福だからそう考える)や、観測されない交絡要因の可能性が残る
・個人固定効果を用いた補足分析でも結果はほぼ同じだったが、因果を同定する設計は今後の重要課題である、としています
▼補足的な話題(補遺での予備的分析)
・ニュースとSNSについても検討していますが、この研究はそれを測る設計ではないため、あくまで予備的知見という位置づけです
・ニュースへの言及は幸福度と負の関連を示すが、多くの仕様で有意ではない
・SNSへの言及は正の係数を示すが、統制変数の入れ方によって有意になったりならなかったりする
・著者らは「もし効果があるとしても、その一部は思考のテキスト内容を経由して働いている可能性がある」と慎重に述べるにとどめています
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■まとめ
・一日8回のランダムな通知で、258名から23,338件の「その瞬間の思考」をテキストで集めた
・思考の内訳は、感覚、仕事、食べ物で約半分。約半分は自分で選んだ思考で、約2割は望まない侵入的思考
・テキストだからこそ、「友人は同僚の4.4倍考えられている」「母は父の3倍」「欲しいものの半分は食べ物と飲み物」といった解像度の高い像が描けた
・幸福度のばらつきは、属性・社会経済的地位や活動よりも、思考によって多く説明された。とくに侵入的思考の負の効果は大きく、所得換算で相当な大きさになる
・思考パターンには個人差があり、それは活動や属性の違いだけでは説明できない
・労働志向的・生産的な思考ほど、その瞬間の幸福度は低い。頭の中にも労働-余暇に似たトレードオフがありそうだ
・ただしすべて相関であり、米国標本に基づく一歩目の研究である