推し活の光と影
和洋女子大の市村先生らの最新研究。
推し活は、幸福度を高める。
という研究は最近ちらほらありますが、
実際には、むしろ不幸せにつながる部分もあるよね。という研究😊
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■ この論文の背景
「推し活」という言葉は、2021年の芥川賞作品「推し、燃ゆ」(宇佐美りん)や、同年のユーキャン新語・流行語大賞へのノミネートをきっかけに、広く知られるようになった。
「推し」とは自分が特別に好きな対象のことで、アイドルやキャラクターに限らず様々なものが対象になりうる。その対象のライブやイベントに参加したり、グッズを買ったり、応援する活動全般が「推し活」であり、お金・時間・体力といった自分のリソース(資源)を消費するものとして整理されている(市村、2025a)。
これまでの研究では、推し活がもたらすポジティブな効果——日々の充実感を高めたり、ストレスを和らげたり、自己成長や対人関係の広がりにつながる——については少しずつ実証されてきた。
一方で、推し活には「しんどい」「疲れる」といったネガティブな側面もある。「推しがしんどい」(三宅、2023)や「肉体的・精神的な推し疲れ」(田島、2024)といった声は実際に存在しているにもかかわらず、それを心理学的に検討した研究はほとんどなかった。
そこでこの論文では、女子大学生を対象に2つの研究を行い、推し活のネガティブな側面を探索的に検討した。
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■ 注目したネガティブな側面:2つの概念
この論文が特に注目したのは、以下の2つの心理的な特徴。
▼ 使命・義務感
推しのためにイベントに参加しなければいけない、グッズを買わなければいけない、推しに関する情報を全て把握しなければいけない——というような「しなければいけない」という信念のこと。
▼ 完全主義的な欲求(パーフェクショニズム)
推し活において「全てを把握したい、網羅したい」という心理的欲求のこと。全公演に参加したい、グッズを全種類集めたい、SNSの更新を一件も見逃したくない、といった形で現れる。
これらが、推し活への「疲れ」や「精神的健康の低下」とどう関係しているかを検討したのがこの論文の核心部分。
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■ 研究1:推し活でどんな感情を感じるか?
▼ 方法
2024年4月に、女子大学生56名(平均年齢18.80歳)を対象に質問紙調査を実施。
推し活でどんなポジティブ・ネガティブな感情を感じるか、またそれぞれをどんな場面で感じるかを自由記述で回答してもらい、KJ法(回答内容をカテゴリーに分類・整理する手法)を用いて整理した。
参加者のうち推し活をしていると答えたのは82.14%。推しの対象はアイドルが45.65%と最多で、ミュージシャン・アーティストとキャラクターが各15.22%と続いた。推し活の期間は「2年以上」が78.26%と大多数を占めた。
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▼ ポジティブな感情が生じる場面(上位カテゴリー)
・推しが活躍している、楽しそうにしていると感じる時(推しの幸せを実感)
・ライブやイベントに参加した時
・グッズを購入・収集できた時
・推しの存在そのものから意欲や充実感を得る時
・推しの動画や写真、楽曲に触れた時
・推しの魅力(外見・内面)を感じた時
・新曲や新情報が解禁された時
・他のファンと交流した時
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▼ ネガティブな感情が生じる場面(上位カテゴリー)
・金銭的・物理的な負担(グッズ購入費、遠征費など)が最多で22.58%
・他のファンや同じ推しを持つ人(同担)との比較
・推しが悪く言われるのを見たり、推しが悲しそうにしている時
・義務感(冷めてきているのにライブ受付が始まってしまったなど)
・ライブ落選や席が悪い時
・推しの卒業・活動休止
・運営方針への不満
・推しへの意見・評価の違い(いわゆる「解釈違い」)
・グッズ入手の失敗
・好きの感情が強すぎること
・現実をつきつけられる(推しとは結婚できないと気づくなど)
・熱愛・結婚報道
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▼ 研究1のまとめ
推し活に伴う感情は、小城(2018)が整理したファン心理の3つの側面——「推しの仕事(作品・活動)」「推し本人の魅力」「社会的共有(ファン同士の交流や共感)」——に対応する形で生じていた。
特にネガティブな感情については、「活動が思い通りに達成できなかった場合」「金銭的・物理的な負担やそれを義務と捉えること」「推しへの強い気持ち」「周囲との比較や否定的な意見への接触」が主な原因として浮かび上がった。
また、推し活の期間が長いほど「義務感」を感じやすいという正の相関(r=.33, p<.05)が示された。長く推し活を続けるほど、義務感が芽生えやすくなる可能性がある。
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■ 研究2:使命・義務感と完全主義的欲求は、疲れや精神的健康と関係するか?
▼ 方法
2024年11月に、女子大学生111名(うち同意した98名、平均年齢19.37歳)を対象に質問紙調査を実施。
測定した内容は以下の4つ。
・推し活への使命・義務感(新規作成7項目)
例:「Aのファンとして完璧でありたい」「Aのためにできることはすべてしたい」「自分を磨きたい」など
・推し活における完全主義的な欲求(佐々木、2023をもとにした10項目)
例:「SNSの更新は見逃したくない」「グッズは全て買いたい」「ツアーは全都市参加したい」など
・推し活への疲れ(1項目)
・精神的健康の指標としてK10(こころの健康状態を測るスクリーニング尺度、10項目)
※K10は得点が高いほど精神的に不健康であることを意味する
参加者の100%が現在推し活をしており、推しの対象はアイドル38.78%、キャラクター22.45%、ミュージシャン18.37%など。推しの対象の性別は男性が70.41%と最多。
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▼ 各変数の傾向
使命・義務感の項目では「Aのファンとして自分を磨きたい」(平均3.89)が最高得点。完璧でありたい、できることはすべてしたいという項目も理論的中間値(3点)を超えていた。
完全主義的な欲求の項目では「Aの情報ならどんなことでも知りたい」(平均3.93)と「AのSNSの更新は見逃したくない」(平均3.98)が特に高かった。情報収集への欲求が強いことが読み取れる。
推し活への疲れの平均は2.49と、理論的中間値(3)よりやや低め。K10の平均は24.13点で、精神疾患のスクリーニングのカットオフ基準(25点)をわずかに下回る水準。
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▼ 変数間の相関分析(各変数がどう関係しているか)
相関分析(変数間の関連の強さと方向を調べる統計手法)の結果、以下のことが明らかになった。
・使命・義務感 → 完全主義的な欲求:強い正の相関(r=.82, p<.01)
→ 使命・義務感が高いほど、全てを収集したい・参加したいという欲求も強い
・使命・義務感 → 推し活への疲れ:正の相関(r=.28, p<.01)
→ 使命・義務感が高いほど疲れやすい
・完全主義的な欲求 → 推し活への疲れ:正の相関(r=.32, p<.01)
→ 全てをこなしたいという欲求が高いほど疲れやすい
・推し活への疲れ → K10(精神的不健康):正の相関(r=.32, p<.01)
→ 疲れを感じているほど精神的に不健康
・使命・義務感 → K10:有意傾向の正の相関(r=.16, p<.10)
→ 使命・義務感が高いほど精神的に不健康になる可能性(傾向として)
・完全主義的な欲求 → K10:有意な相関なし
→ 完全主義的な欲求そのものは精神的健康と直接はつながらない
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▼ 研究2のまとめ
3つの重要な知見が得られた。
第1に、「ファンとして完璧でありたい」「自分を磨きたい」という使命・義務感が高まると、「全て収集したい・参加したい」という完全主義的な欲求も高まる。
第2に、その完全主義的な欲求——グッズ収集、イベント参加など、本来楽しいはずの活動を「全てこなさなければ」と感じること——が、推し活への疲れとつながる。
第3に、使命・義務感自体も推し活への疲れと結びつき、さらに精神的不健康につながる可能性が示唆された。そして推し活に疲れを感じると精神的に不健康になることも確認された。
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■ 総合考察
推し活は、楽しい・嬉しい・満たされるといったポジティブな感情をもたらし、日々の充実感やストレス軽減、自己成長、対人関係の広がりといった恩恵をもたらす。
しかし同時に、「しなければいけない」という使命・義務感や、「全てを把握したい」という完全主義的な欲求が強くなると、推し活への疲れをもたらし、さらに精神的健康を損なう可能性がある。
重要な点として、こうした傾向は推しの対象(アイドル・キャラクターなど)や推し活の期間の長さとは関係なく生じる可能性が示された。どんな推しを持っていても、どれだけ推し歴が長くても、使命・義務感や完全主義的な欲求はそれとは独立して現れうる。
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■ 本研究の限界
▼ 限界1:尺度の妥当性
使命・義務感や完全主義的な欲求を測る尺度は今回初めて作成・使用されたもので、妥当性(本当にその概念を測れているか)の検討が十分ではない。特に「完全主義」については、自己志向的完全主義(桜井・大谷、1997)などの既存の研究文脈との整合性も今後検討が必要。
▼ 限界2:対象の偏り
参加者が女子大学生限定で、アイドルを推している人が多い構成。使用した尺度項目もグッズ購入やコンサート参加など、アイドル文化を前提としたものが多い。他の世代や男性、異なる推しの対象にも同様のネガティブな側面が見られるかは未検討。
▼ 今後の課題
・推し活による実際の金銭的・時間的負担の大きさ
・日常生活への支障の程度
・ネガティブな感情や疲れの継続性
・ネガティブな感情への対処法とその効果
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■ まとめ
推し活は喜びや充実感をもたらす一方で、「ファンとして完璧でありたい」「全て把握したい」という心理が強まると、疲れや精神的不健康につながりうる——これがこの論文の核心的なメッセージ。
推し活を楽しく続けるためには、自分の中に生まれる「しなければ」という感覚に気づき、それと上手に付き合っていくことが重要かもしれない。
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推し活のネガティブな側面に関する探索的検討
市村 美帆先生、佐々木 咲英先生、矢萩 由佳乃先生(和洋女子大学)
和洋女子大学紀要
2026/3
https://wayo.repo.nii.ac.jp/record/2000184/files/K202667J028040.pdf
本研究では、推し活のネガティブな側面に関する探索的な検討として、2つの研究を行った。
研究1では、推し活に伴ってどのような感情を感じるのか、またそれぞれポジティブ感情、ネガティブ感情を感じる場面や状況、原因について自由記述で尋ね、回答の整理を行い、推し活のポジティブ・ネガティブな側面について検討した。その結果、推しの対象の仕事に関わる推し活の具体的な活動の内容やその達成、推しの外見や内面などの本人の魅力といった推しの対象への評価、推し活を通した他者との関わりによって、ポジティブおよびネガティブな感情が生じることが明らかになった。
研究2では、推し活のネガティブな側面として、推し活や推しの対象に対して、自分が「しなければいけない」といった使命や義務のような信念や、「全てを把握したい、網羅したい」といった完全主義的な欲求と、推し活への疲れや精神的健康との関連について検討した。その結果、推しの対象のためにできることだけではなく、推しの対象のために自分を磨き、ファンとして完璧でありたいといった推し活への使命・義務感が高まると、推しの対象の作品やグッズ、情報を全て収集したい、イベントに全て参加したいといった、推し活における完全主義的な欲求が高まることが明らかになった。推し活における完全主義的な欲求が推し活への疲れとつながること、推し活への使命・義務感が推し活への疲れとつながり、精神的に不健康となる可能性が示唆された。また、推し活に疲れを感じると、精神的に不健康となることも明らかになった。
最後に、推し活のネガティブな側面について整理し、本研究の限界について述べた。