2026.03.10

感じる力を磨く授業の挑戦

~武蔵野大学ウェルビーイング学部ウェルビーイング学科「自然・環境入門」~

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▼概要

武蔵野大学に2024年4月に新設された「ウェルビーイング学部」の1年生必修授業「自然・環境入門A」の実践報告です。畑で野菜を育てたり、公園で自然を感じるアクティビティをしたりする体験型の授業を通じて、学生がどう変化したかをまとめています。

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▼ 授業の背景と設計思想

この学部が目指すのは「ウェルビーイング・デザイナー」、つまり人々の幸福な状態(ウェルビーイング)を実現できる人材の育成です。学部長の前野隆司は、教育の4つの柱として、①仏教的ウェルビーイング学、②科学的ウェルビーイング学、③創造的イノベーション、④感性の陶冶(かんせいのとうや=感じる力を磨き育てること)を掲げています (前野、2024)。

この授業はその4つ目の柱、「感性」に正面から取り組むものとして設計されました。

・ 大きな方針1:なるべく「教えない」

・ 大きな方針2:体験を重視する

教員が一方的に知識を伝えるのではなく、学生自身が体験し、感じ、振り返ることを繰り返す構成です。学ぶうえで大切にすることとして「体験する・観察する・ゆっくり・感じる・問いを持つ・振り返る」という6つのキーワードが提示されました。

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▼ 授業の内容①:畑で土を感じる(第1週)

入学後初めての授業が、大学の近くに借りた約350㎡の農地での「土を感じること」でした。学生のほとんどは幼稚園以来土に触れたことがないという状態。

コメントの書き方にも工夫がありました。「構成を考えずに、感じた言葉をそのままに書くこと。結論もなくてよい」という指示です。これは感じたことをありのままに言語化し、自分の内側を観察するプロセスを重視したためです。

学生の反応は教員の想像を超えるものでした。

・「土に対して初めて出てきた感情があり、自分自身とても驚いている」

・「霜柱を踏んでいるかのような感覚に胸が躍った」

・「自然というのは子供全員の実家のようなもの。その感覚を今日でも取り戻せ、安心感を感じられた」

子どもの頃に持っていた感覚が、土に触れることで蘇ってきたようです。

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▼ 授業の内容②:野菜を育てる(第2〜7週)

グループごとに育てたい野菜を自分たちで選び、園芸店で購入し、定植・世話・収穫までを体験しました。

この体験の変化を、前野が提唱する「幸せの4因子」(前野、2013)に照らすと:

・「やってみよう」因子(自己実現と成長)=とにかく野菜を育てよう

・「ありがとう」因子(つながりと感謝)=地主さんへの感謝

・「なんとかなる」因子(前向きと楽観)=仲間がいるから失敗も楽しい

・「自分らしく」因子(独立とマイペース)=自分たちの畑が最高!

という4つすべてが自然に体験されていたことが見えてきます。この授業がウェルビーイングの向上につながるという仮説が立てられましたが、今年度はデータを取っておらず、来年度以降に検証予定とされています。

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▼ 授業の内容③:公園でのシェアリングネイチャー(第3・6週)

シェアリングネイチャーとは、自然の中で五感を使い、自然とつながる感覚を育むアクティビティの総称です(コーネル、2020)。雨の中でお気に入りの木を見つけたり、芝生の上で裸足になり「自分が木になった」と想像しながら呼吸したりしました。

著者(山田)は、現代人が「感じる力」を軽視しがちな背景として、エアコンの普及や「仕事では感情的になるな」という職場文化を挙げています。人間はもともと感情のある生き物であり、感じる力を使わないのは自然の摂理に反するという立場です。

学生コメントより:

・「裸足で地球のエネルギーを吸うことを強く想像してやってみたとき、ほんのり身体が温かくなった」

・「木になって深呼吸すると、根が横に伸びたとき、隣にいた友達の根と触れた。自分から根が生えて地球にくっついている感覚になった」

・「裸足になって草の上を歩くことがこんなに解放感を感じられるなんて知らなかった。私は地球の住人なのだと理解することができた」

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▼ 授業を通じた学生の変化

最終レポートで浮かびあがったのは、「感じようとしなくても感じるようになった」という変化です。感じる力はもともと自分の中にあったのだと気づいた、と表現できます。

・「感じることを封印している最中にこの授業に出会って変わった。ありのままに感じることに夢中な自分がかっこよく見えた瞬間があった」

・「下を向いて歩く癖が、木を見上げながら歩く癖に変わった」

・「感じる力って実はすでに持っていると思う。ただ感じていることに気がついていないだけなのかもしれない」

・「普段歩く道の木や草花が今までより気になって、立ち止まって見たりするようになった。今は木や草花を見たいから歩くのが好きになった」

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▼ まとめと今後の課題

授業の目的であった「人間が自然とのつながりの中で生かされているという実感」については、深さは人それぞれながら、基礎的な力はある程度ついたと評価されています。一方で、生態系全体のつながりを感じて自分の存在を捉え直すという、より深い目標については未達に終わったと筆者らは率直に述べています。

印象に残った発見として、学生の中にある子どものような瑞々しい感性は今もしっかり存在しており、レイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」(1965=2021)の言葉を借りれば、「少なくとも一人の自然好きな大人の手助けがあれば、みるみるうちに蘇る」ということが実感されたと記されています。

課題としては:

・2学期に畑に足を運ぶ学生と全く行かなくなる学生の二極化

・カボチャの越境やカラスによるスイカ被害など、自然を相手にする授業ならではの予想外の事態

・「こんな授業にどんな意味があるのか」「知識が身につくものがいい」という学生の声

2年目以降は量的・質的な評価手法を活用し、どんな学生がどのように変化するかを継続的に観察・分析していく方針です。

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▼ この研究の意義

「教えない体験型授業」という試みは、知識の伝達に偏りがちな従来の大学教育に対するオルタナティブ(代替的なアプローチ)です。UNESCOが提唱する「Heads(頭), Hands(手), Hearts(心)」の統合的な学び(Sipos et al., 2008)の実践例としても位置づけられます。自然との関わりを軸にウェルビーイングの基礎を育てるこの授業は、世界初のウェルビーイング学部という場で今まさに進化の途上にあります。

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感じる力を磨く授業の挑戦 ~武蔵野大学ウェルビーイング学部ウェルビーイング学科「自然・環境入門」~

山田 博(武蔵野大学 ウェルビーイング学部 教授)

菅原 育子(武蔵野大学 ウェルビーイング学部 教授)

2026/3,武蔵野大学しあわせ研究所紀要

https://www.musashino-u.ac.jp/research/%E6%AD%A6%E8%94%B5%E9%87%8E%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%81%97%E3%81%82%E3%82%8F%E3%81%9B%E7%A0%94%E7%A9%B6%E6%89%80%E7%B4%80%E8%A6%81%E7%AC%AC8%E5%8F%B7_pp.151-166.pdf

本稿は、武蔵野大学ウェルビーイング学部ウェルビーイング学科の1年時必修授業である「自然・環境入門A」という実習授業について、

その内容、受講した学生の体験、それを通じて学生たちが感じたこととその変化についてまとめたものである。

畑で野菜を育てる体験や、公園でのシェアリングネイチャーの体験から成る本授業の目的と狙いを示す。

体験をとおして感じたことをありのままに言語化し、教員や学生と共有することを繰り返す授業構成のなかで、学生たちがどのように感じ、それをどのように言語で表現したかを学生のコメントやレポートから抽出する。

自然の営みに直接触れる体験を1学期間継続的にすることで、人間が自然とのつながりの中で生かされているということ、地球という生態系の一員であることを心身で深く実感すること、という当初の目的が実現したか、今後にむけた課題について考察する。

「感じる力」を 磨く授業の挑戦 武蔵野大学ウェルビーイング学部ウェルビーイング学科 ケーススタディ:「自然・環境入門」 「教室で知識を詰め込むだけ では、真のウェルビーイングは 実現できないのではないか?」 MWU All Notebook1M 理論と実践を支える「感性の陶治」という根っこ 創造的イノベーション 仏教的ウェルビーイング学 科学的ウェルビーイング学 感性の陶治 人間中心主義を超え、全体性を取り戻すための土台。ここが培われていれば、知識の蓄積だけでは成し遂げられない、イノベーションの果実は実らない。 身体、心、社会のWell-beingを支える「基礎力」を養成する。 「教える」から「感じる」へ:学びのパラダイムシフト 従来型授業 自然・環境入門 環境 教室内の管理された空間 予測不能な畑や公園 役割 教授が沿々と語り、学生は聞く 教員は「教えない」。 自然が導き、学生が体験する 目的 知識のインプットと正解の獲得 生態系の一員であることを 心身ふ深く実感する コア・ルール: 「なるべく教えない。 自然の営みに 直接触れさせよ」 体験を心に留める「響学スパイラル」と6つのステップ ⑥ 振り返る:ありのままに言語化する ⑤ 問いを持つ:内なる疑問に気づく ④ 感じる:五感をひらく ③ ゆっくり:ペースを落とす ② 観察する:細部まで見つめる ① 体験する:直接自然に触れる なぜ「振り返り」が重要か?体験がただ流れてしまわないよう、ありのままの感情を言語化し、自分の中におきたことを観察するプロセス。 15週間の旅程:土との出会いから、生態系との融合へ 出会い (第1週) 生命の育成 (第2~7週) 感性の解放 (第3・6週) 収穫と統合 (期末) 350mのまっさらな畑で、 ただ1時間「土を感じる」 22グループによる自主的な 野菜づくりと試行錯誤 公園でのシェアリング ネイチャー、木との同化 レポートを通じた 内省と哲学的な気づき フェーズ1:土との対話が生んだ「身体的な衝撃」 今まで踏んできた土ではなく、ザラッとした電柱を踏んでいるのようなを感覚に胸が躍った。 触覚の驚き アリなどの昆虫を目けて、SDGs的な森林破壊だ。問題が頭に浮かんん 生態系への気づき 自然というのは子供会の家のようなもの。安心感を感じわれた。 郷秋と安心感 わずか1時間で、乾いた土の中に眠っていた種が芽吹くように、学生たちの「感じる力」が目を覚ましました。 フェーズ2:思い通りにならない「生命」と向き合う 期待 22グループが独自に野菜を選び、種まき。 天候の変化で植物が枯れる。「植物の生死を目の当たりにした。」 絶望 忍耐と喜び 「失ってても収穫の時期は早まらない。ちゃんと育った時の感動は大きい。」 忍耐と喜び 管理からの脱知 チームの数だけ違う野菜が育ち、感じ方が違う。 他者との違いを理解し、失敗さえも楽しむ姿勢が育まれた。 week 2-7 Organic Fieldbook 畑仕事に宿る「幸せの4因子」 やってみよう 主体性と挑戦。何を育てるか、どう世話をするかを22グループが完全にゼロから自主決定。 ありがとう 感謝の念。土、太陽、水、そして農地を貸してくれた地主さんへの深い感謝。 なんとかなる 楽観性と回復力。天候不良で苦が続いても、仲間で試行錯誤し、失敗を乗り越える。 自分らしく 多様性の受容。「グループの数だけ違う野菜が育つ、感じ方が違う」他者との違いを認め合う。 野菜を育てることは、ウェルビーイングの要素を直接的に高める実践的なトレーニングである。 Organic Fieldbook フェーズ3:感覚を研ぎ澄まします「シェアリングネイチャー」 雨の日の観察 大雨の中、キャンバス内で「自分の感性にビンと来る木」を探す。 アーシング 公園の芝生を裸足で歩き、地球のエネルギーを足の裏から感じる。 UNESCO ESD(Heads, Hands, and Hearts) 知識(Heads)の習得に偏らず、実践(Hands)と感じる力(Hearts)を統合した包括的な学びが、現代の複雑な課題に立ち向かうために不可欠である。 「木になる」身体的浸入と、自他の境界線の融解 頭 「人間が持つような温もりはないのに、どうして木に抱かれていると思うことがあるんだろう。」 心 「巨大なものへの恐怖と安堵という矛盾した感情を抱いた。」 足 「本当に自分から根が生えて地球にくっついている感覚になった。隣の友達の根と触れた。」 手・脕 「腕を木の茎っぱに見立て風を感じた時、指先が敏感になり自分分が自然の一部として存在していることを感じた。」 「感じるカ」の覚醒:学生たちはどう変わったか? 視線と歩み 受講前:下を向いて急いで歩く 受講後:木を見上げながら歩く。立ち止まる。話すのがゆっくりになる 自然への意識 受講前:自然に興味がない。ただの風景 受講後:緑を見ると心が落ち着く。雨が降ると「苗が雨を浴びている」と想像する 自己認識 受講前:感情を押し殺すのが大人だと思い込む 受講後:子供みたいに感じることに夢中な自分がかっこよく見えた 触覚から哲学へ:繋がり合いの網の目への到達 地球 生態系全体への深い洞察。 他者 水やりや水散を通じた、仲間や地主との「助け合い」の認識。 自己 土に触れ、風を感じる「個」の感覚の蘇り。 「地球でおこっている自然現象はすべてつながっており、どれか一つでも循環が止まってしまうと影響を及ぼします。人は一人では生きていけず、自然という輪で繋がっている。」 理想と現実:予測不能な自然と、新しい教育の摩擦 自然の猛威 カボチャの他区画へのスイ侵入や、カラスによるス梅雨以降のイカの食害。梅雨以降の制御不能な成長スピード。 社会との摩擦 管理が行き届かないことによる、土地を貸してくれた地主さんからの信頼のの揺らぎと反省。 教育の壁 「もっと知識が身についてほしい」という一部の学生からの素直な反発。2学期以降の主体的な畑への関与の低下。 体験を日常に定着させ、ウェルビーイングとの結びつきをより深く考えさせる仕組みへの進化が必要。 Organic Fieldbook 次なる進化へ:感性の測定と学びの統合 Step 1: 評価手法の導入 量的・質的な評価手法を活用し、学生の特性と「感じる力」の変化、その持続性を分析。 Step 2: 理論との架け橋 体験を系口にし、ウェルビーイングの学術的理解と自然環境の関連性をより深く考察する授業設計。 Step 3: 全学横断の統合 「建学の精神(仏教的人間観)」や全学共通の「SDGs」科目の学びと、畑での生の体験を統合し、醸造度を上げる。 センス・オブ・ワンダーの蘇り 「学生たちの中にある端々しい感性は、今もしっかり存在している。 少しの手助けがあれば、みるみるうちに蘇るのだ。」 ウェルビーイングな未来をデザインする力。それは教室の中だけでなく、 私たちが「感じる」ことを思い出した其の瞬間から育まれる。 Note bookAIM
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本研究のウェルビーイング小話はこちら😊
はぴテク相談室:感じる力を磨く授業の挑戦
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