2026.03.16

地球46億年の歴史を歩く

― ウェルビーイング教育としてのディープ・タイム・ウォーク―

ディープ・タイム・ウォークの論文😍

宮地先生、前野先生😊

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■ この論文は何を研究したのか

「ディープ・タイム・ウォーク(DTW)」という体験型プログラムが、参加者のウェルビーイング(身体的・精神的・社会的な幸福)にどんな影響を与えるかを調べた研究です。

東京都と和歌山県の熊野古道で計3回実施し、57名が参加、そのうち45名の回答を分析しました。

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■ ディープ・タイム・ウォーク(DTW)とは何か

地球の46億年の歴史を、4.6kmの道のりに見立てて歩くプログラムです。

・1歩=50万年、1メートル=100万年に換算

・歩きながら「太陽と地球の誕生」「生命の出現」「恐竜の絶滅」などの地球上のイベントを体感していく

・そして最後の20センチでホモ・サピエンス(現代人の祖先)が登場し、最後の0.1ミリが人間の一生100年を表す

歩くことを通じて、自分の存在がいかに宇宙・地球・生命の歴史の一部であるかを身体で感じるプログラムです。

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■ DTWの思想的な背景

▼ ガイア理論(Lovelock, 1972, 1979)

地球そのものが自己調整機能をもつ「生きているシステム」だとする考え方。DTWはこの「母なる地球」との深いつながりを育む体験として位置づけられています。

▼ ディープ・タイム(Hutton, 1788)

18世紀の地質学者ハットンが提唱した「深遠なる時間」という概念。私たちの一生をはるかに超えた広大な時間の感覚のことです。

▼ アクティブ・ホープ(メイシー・ジョンストン, 2015)

仏教哲学者ジョアンナ・メイシーが提唱した考え方。気候変動など絶望的に見える状況でも、「自らが望む世界を実現するために積極的な行動を選択すること」を指します。メイシーは「人と人」「生命の網」「深い時間」という3つのつながりを取り戻す実践を長年行ってきました。

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■ DTWが開発された経緯

1990年代前半、メイシーが英国デボン州のシューマッハ・カレッジで「ディープ・タイム・スパイラル」という螺旋状の道を設置したのが原型です。これを体験した生態学者のステファン・ハーディング(1953-2024)がガイアの生命感を体験し、その後DTWの開発・普及に力を注ぎました(Harding and Woodford, 2024)。

本研究の著者らは2024年夏にシューマッハ・カレッジでDTWを体験し、帰国後、日本での普及を目指して実践に至りました。

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■ 研究の意義:なぜこれを研究したのか

▼ 自然体験とウェルビーイング

自然体験がストレス軽減やポジティブな感情の増加に寄与することは、環境心理学の分野で多く示されています(Kaplan & Kaplan, 1989; Hartig et al., 2014)。しかし、46億年という「想像をはるかに超えた時間」と地球のつながりを感じるDTWに特化した研究は、日本ではほとんどなかった。

▼ エコ不安症との対比

英国などでは若者の環境問題への過度な不安が「エコ不安症(eco-anxiety)」として報告されています(Hickman et al., 2021)。自然とのつながりが必ずしもポジティブな感情をもたらすわけではないなか、DTWが社会への帰属意識を高める可能性が注目されました。

▼ 畏敬の念とウェルビーイング

DTWは畏敬の念(awe)や自然・宇宙との相互関係の感覚を呼び起こすことが先行研究で示されています(Harding and Woodford, 2024)。この畏敬がウェルビーイングにどう影響するかを文化的文脈も含めて検討することが本研究の大きなテーマです。

▼ 日本的ウェルビーイングとの親和性

日本人のウェルビーイングの特徴として、他者との調和・協調が重視されています(Hitokoto & Uchida, 2015)。自然や他者との関係性を重視するDTWは、日本的な幸福観とも相性がよいと考えられます。

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■ 研究の仮説

DTWは身体・社会・精神の3つの面でウェルビーイングに影響するのではないか、と仮説を立てました。

・身体的影響:ゆっくり自然の中を歩くことで、呼吸が落ち着き身体がリラックスする

・社会的影響:地球の歴史を他者と辿ることで、つながり感や帰属意識が高まり幸福感が生まれる

・精神的影響:地球とのつながりを感じ、感謝の気持ちや畏敬の念が高まる

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■ 研究の方法

▼ 実施場所・日程

・2024年12月15日・21日:東京都・野川公園/武蔵野公園(計2回)

・2025年2月14日:和歌山県・熊野古道大辺路長井坂(1回)

▼ ルートの設計

「4.6km」という距離が46億年を表すため、なるべく直線的で人工物のない土の道を選定。さらに、

・最初の600mは生物がいない時代を再現(火山岩地形、海・川が見えない)

・600m以降は海の誕生を象徴する景観

・2.6km以降は植物の誕生を表す緑豊かな景色

・最後の1メートルで街や人工物が出現

というように、歩く景色がストーリーに沿うよう配慮されました。

▼ プログラムの特徴

公式のDTWに加え、本研究では以下を独自に追加しています。

・ウォーク前の「チェックイン」(自己紹介と気持ちの共有)

・ウォーク後の「チェックアウト」(振り返りの時間)

・LUCA(最終普遍共通祖先:全生命が遡れる最古の共通祖先。細菌に近い形態だったとされる)の概念を強調した解説(Moody et al., 2024)

LUCAの説明により「生きとし生けるものはすべて仲間である」という認識が参加者に生まれやすくなりました。

▼ データ収集

イベント後にGoogleフォームにて自由記述アンケートを実施。以下の2点を尋ねました。

・エコロジー意識の変化(1〜5の5件法)

・幸福度の変化(1〜5の5件法)とその理由(自由記述)

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■ 分析の枠組み:幸福の4因子(前野, 2013)

自由記述の回答は、SCAT分析(Steps for Coding and Theorization:小規模データに適した質的分析手法。データをコード化し、テーマを抽出して理論へと結びつける方法。大谷, 2011)を用いて整理しました。

テーマの整理には、前野(2013)が日本人を対象とした大規模調査から導き出した「幸福の4因子」を枠組みとして使用しました。

▼ やってみよう因子:自己実現と成長への意欲

▼ ありがとう因子:つながりと感謝

▼ なんとかなる因子:楽観性と前向きさ

▼ ありのままに因子:自己受容と等身大の自分

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■ 量的結果

・エコロジー意識の変化:平均4.0(5件法の中央値3を上回る)

・幸福度の変化:平均4.34(回答が4〜5に集中)

参加者の大多数がDTWをポジティブに評価し、特に幸福度の変化が顕著でした。

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■ 質的結果:参加者の声から浮かび上がったテーマ

▼ やってみよう因子(7名)

・未来への希望:「この先の未来を諦めずにウェルビーイングにしていける希望を感じた」

・挑戦・自己能力の発揮:「地球の歴史と比べると自分の一生は短く無力だが、それゆえ自分の能力を最大限発揮したい」

▼ ありがとう因子(8名)

・今あるいのち:「今いることが全て奇跡と考え、感謝が増えた」

・LUCAとのつながり(6名):「ルーカから命が繋がったと思うと嬉しかった!今の幸せを感じることが出来た」

・地球・宇宙とのつながり:「地球・宇宙の一部という感覚が得られて、当たり前の日常への感謝の気持ちが高まった」

▼ なんとかなる因子(1名)

・「今できることをやっていけばいい」

▼ ありのままに因子(4名)

・「地球の歴史に比べると今日一日の気持ちの変化はとってもちっぽけで、そんな小さなことを気にせずに一歩一歩歩いて生きていきたい」

・「自然の中で深呼吸しながらリラックスすることもできました」

▼ 4因子以外(18名)

・自然での五感体験(6名):「自然、太陽、空、風、匂い、音、すべてに包み込まれて幸せな気持ちがつづいた」

・他者の存在(5名):「みなさんと体験し対話し涙することができたことがとても大きなターニングポイントとなりました」

・今あるいのちの有限性(6名):「42億年前から一続きの命の重みを感じることができました」

・幼少期の記憶(1名):「松ぼっくりやどんぐりを見て、小学生の頃の楽しく遊んでいた記憶が甦って幸せな気分になりました」

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■ 考察:なぜDTWは幸福感を高めるのか

▼ LUCAへの畏敬と「小さな自己」

ある参加者はこう書いています。「0.1ミリの自分の生涯と比べつつ、地球の歴史・時間の果てしなさを感じた。それは人間の認知・概念を超えたもので、ある不思議さ、分かることができないものに対する畏敬を得た。自分より大きいものへの連なり、が幸せの一要素と思います。」

ここで言う「畏敬(awe)」とは、知覚される広大さを前に、既存の認知的枠組みの調整を迫られるときに生じる感情です(Keltner and Haidt, 2003)。畏敬は「小さな自己(small self)」の意識とつながり感を高め、向社会性を促すことが示されており(Piff et al., 2015)、日常場面の縦断研究でもストレス低下・生活満足・健康と結びつくことが明らかになっています(Bai et al., 2021)。

DTWによる「自分より大きいものへの連なり」という感覚が、まさにこの畏敬を生み出し、幸福感につながったと解釈できます。

▼ オーバービュー効果との類似

宇宙飛行士が宇宙から地球を眺めたときに生じる「オーバービュー効果(概観効果)」、つまり地球と人類の相互作用を再認識する体験(Yaden et al., 2016)と、DTWの体験は類似していると論文は指摘します。森林歩きや登山でも同様の畏敬・自然との一体感・自己超越の感覚が生まれることが知られており(Williams and Harvey, 2001; McDonald et al., 2009)、DTWは地上にいながらその効果を引き出せる可能性があります。

▼ 熊野古道という場所の力

熊野古道での実践では、先人が作った道を歩むことで「祖先とのつながり」も感じられました。「ご先祖の誰一人欠けても私は存在出来なかったという奇跡に感動しました」という声は、実施場所の選定がDTWの教育的効果に大きく影響することを示しています。

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■ DTWがウェルビーイングを高めるメカニズム(まとめ)

論文は以下の3つを、DTWによるウェルビーイング醸成のメカニズムとして提示しています。

・つながりの認識:LUCA・祖先・自然・地球・宇宙とのつながりに気づく

・時間感覚の変容:壮大な時間スケールを体感することで視点が変わる

・「つながりといのちへの感謝」と「畏敬の念」の喚起:これらが主観的幸福感(subjective well-being:自分自身が感じる幸せ感)の向上につながる

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■ 本研究の新規性

先行研究ではDTWがエコロジー意識を高めることは示されていました(Harding & Woodford, 2024)。しかし本研究は、DTWが単なる環境教育の手法ではなく、参加者のウェルビーイング向上にも寄与することを初めて日本の文脈で示した点で新しい知見です。特にLUCAとのつながりの認識が感謝・畏敬・幸福感に結びつくという経路は先行研究にない発見です。

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■ 今後の課題と展望

・参加者の30〜40代が少なく、層の多様性に課題あり

・今後は親子を対象としたDTWの実践を提案

・学齢期にいのちを意識することが子どもの幸福感にどう影響するかを横断的に検証していく必要がある

・DTWの長期的なウェルビーイングへの影響も未検討であり、今後の研究課題として残されている

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■ 全体のまとめ

この研究は、46億年の地球史を4.6kmで歩くという体験が、参加者に「いのちのつながり」「時間の広大さ」「今ここに生きていることの奇跡」を実感させ、感謝・畏敬・幸福感を高めることを質的・量的に示しました。

人間という存在を宇宙・地球・生命の歴史のなかに位置づけ直すことで、日常の小さな悩みを相対化し、自己を超えたつながりの中で幸せを感じるという、まったく新しいウェルビーイング教育の可能性を提示した研究といえます。

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地球 46 億年の歴史を歩く: ウェルビーイング教育としてのディープ・タイム・ウォーク

宮地眞子, 前野隆司 - 武蔵野大学しあわせ研究所紀要, 2025

https://mu.repo.nii.ac.jp/record/2000806/files/mhi8_pp.66-93.pdf

投稿者によるコメント・補足(1件)
コメント 1

AIさんに動画解説頂きました😊
https://youtu.be/86P9lLNIdiU

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