はぴテク相談室:近代におけるウェルビーイングの概念の系譜を辿る
最近、「自分らしく生きる」とか「本当の自分を大切に」ってよく聞くんですが、なんか当たり前すぎて逆に意味がわからなくなってきました。そもそも「自分らしさ」って何なんでしょう…?
すごくいい疑問ですね!実はその「自分らしさ」という感覚、ずっと昔からあった考え方じゃないんです。啓明大学のジョサンロー先生らが2024年に発表した研究で、「ウェルビーイング(よく生きること)」の概念がどう変わってきたかを歴史的に丁寧に整理してくれています。今日はその研究をもとにお話しますね。
え、「自分らしさ」って昔からある概念じゃないんですか?
そうなんです。伝統的な社会では、「善く生きる」ことの意味がまったく違いました。伝統的な世界観では、人は社会の中に埋め込まれた存在として捉えられていて、コミュニティへの義務を果たすこと、宇宙や神といった大きな秩序の中での役割を全うすることが「善き人間」の条件でした。つまり、「自分の内側」より「外側との関係」が中心だったんです。
へえ〜。それが今みたいな「自分軸」重視になっていったのは、なぜなんでしょう?
研究によると、いくつかの大きな思想の波が少しずつ積み重なってきた結果だと言われています。まず18世紀の啓蒙主義で「理性ある個人」という考えが広まり、自由主義が「個人の権利」を強調するようになりました。さらにロマン主義が「内なる感情や個性」を美化し、実存主義が「自分で人生の意味を作る」という考えを広め、そして1960〜70年代の反体制運動や、ヒューマニスティック心理学・ポジティブ心理学の発展が重なって、今の「自分らしさ重視」の価値観が形成されてきたと整理されています。
じゃあ今わたしたちが「自分らしく生きたい」と思うのは、そういう時代の流れの産物でもあるんですね。それで、現代のウェルビーイングってどういう要素で考えられているんですか?
この研究では、現代的なウェルビーイングの中心的な要素として6つが挙げられています。①自分の価値観に基づいて自分で決める「自律性」、②自分の状況に働きかけて望む結果を得る「能力・環境への働きかけ」、③本当の自分を行動や選択で表す「自己表現」、④人生に意味や目的を見出す力、⑤自分の良いところも悪いところも受け入れる「自己受容と自尊心」、⑥自分の個性を保ちながら他者と深くつながる「良好な人間関係」、この6つです。
なるほど…。特に「自己表現」と「自己受容」がセットになっているのが面白いですね。で、「自分らしさ(真正性)」ってそこにどう絡んでくるんですか?
そこが研究の核心部分なんです。「真正性(オーセンティシティ)」、つまり「本物の自分であること」は、現代のウェルビーイング論においてとても重要な概念として位置づけられています。研究では2つのタイプが整理されていて、一つは「本質主義的真正性」──人間には生まれつき本質的な自己があり、それを発見することが大事という考え方。もう一つは「実存主義的真正性」──自己は最初から決まっているのではなく、自分で意志的に作り上げていくものという考え方です。
「生まれつきの本当の自分を探す」のか、「自分で自分を作っていく」のか、どちらが正しいんですかね?
研究では、現代的な視点はこの2つを統合しようとしていると述べられています。「自己発見」と「自己構築」と「創造的なアイデンティティ表現」を組み合わせた、包括的なモデルとして「真正な自己実現」が位置づけられているんですね。どちらか一方が正しいというよりは、両方の要素を持つものとして捉えられている、というのが研究の見立てです。
そう聞くと少し楽になりました。「本当の自分を見つけなきゃ」って焦ってたんですが、作っていってもいいんですね。でも、この「自分らしさ重視」の価値観って、世界中で通用するものなんですか?
実はそこが研究の重要な問いかけでもあります。この研究は、現代のウェルビーイング概念は主に西洋の歴史・思想的文脈から生まれてきたものだと指摘しています。そして、この考え方が広まっているのは主に西洋文化圏、そしてある程度は豊かな非西洋文化圏だとも述べられています。つまり「自分らしさが大事」という価値観は、普遍的な真理というよりも、特定の歴史や文化の産物でもある、ということです。
じゃあ「自分らしく生きなきゃ」ってプレッシャーを感じること自体、ある意味で時代や文化に影響されているってことなんですね。なんか、少し肩の力が抜けた気がします。
まさにそこが面白いところだと思います。「自分らしさ」を大切にすることは素晴らしいけれど、それ自体が歴史的に積み上がってきた一つの文化的な価値観でもある。だから、「自分らしさを追い求めなければ」と必死になるより、自律性・自己表現・意味の探求・他者とのつながりといった要素を、自分のペースで、自分の文化的背景も意識しながら考えていけるといいかもしれませんね。この研究はそういう視点を与えてくれます。
■ 今日のまとめ
- 「自分らしく生きる」という価値観は普遍的なものではなく、啓蒙主義・ロマン主義・実存主義・ポジティブ心理学などが積み重なって形成された、主に西洋文化圏の歴史的産物です。
- 現代のウェルビーイングは、自律性・自己表現・自己受容・意味と目的・環境への働きかけ・良好な人間関係の6要素を中心に考えられており、「真正性(自分らしさ)」がその核心に位置づけられています。
- 「真正な自己」は「発見するもの」と「自分で作るもの」の2つの見方があり、現代的な枠組みはその両方を統合しようとしています。「自分らしさ」を焦って探すのではなく、発見と創造の両面から柔軟に捉えることができます。
■ 出典・注意事項
- 出典:Joshanloo, M., & Weijers, D. (2024). Ideal personhood through the ages: tracing the genealogy of the modern concepts of wellbeing. Hypothesis and Theory article, Frontiers in Psychology (2024年12月).
- 注意事項①:本研究は歴史的・哲学的な文献レビューおよび概念整理の論文であり、実験や調査による因果関係の検証ではありません。
- 注意事項②:本研究が対象とするのは主に西洋の思想史であり、非西洋文化圏のウェルビーイング観については十分にカバーされていない可能性があります。
- 注意事項③:「現代のウェルビーイング概念が特定の地域で広まっている」という記述は、観察・整理に基づくものであり、それが望ましいかどうかの価値判断を含むものではありません。
研究自体の紹介はこちら😊
近代におけるウェルビーイングの概念の系譜を辿る
https://wellbeing-archive.pages.dev/posts/2026-01-18-1768773602/