ハピネスとウェルビーイングの脳科学
ハピネス(ヘドニア)は快楽やポジティブな感情。
ウェルビーイング(エウダイモニア)は、人生の意義や自己実現などの至福な状態。
これらについての脳科学のまとめ。2010年とちょっとふるいですが。
※ただ厳密にはハピネスとヘドニア、ウェルビーイングとエウダイモニアは違います。
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●脳科学とハピネス
まず、脳科学的なアプローチの大半は、
ハピネス(ヘドニア)といった、瞬間的な快の研究。
これについて整理すると、
脳にとっての報酬、脳が求めるものは、
①WANTING(欲求)
②LIKING(快感)
③LEARNING(学習)
に分けられる。
①WANTING(欲求)はドーパミン系により増幅されるんですが、現代人はここが凄い。
スマホを筆頭に、ドーパミンを過剰分泌させる環境に溢れている。
ドーパミン系は、一度味わうと、同じ刺激では満足できず、
5月病や燃え尽き症候群にもつながる。
元に戻すには、ドーパミンをあまり出さない生活をして、
ドーパミン受容体をちゃんと働くようにする必要がある。
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また、快という意味では、
②LIKING(快感)が重要ですが、
現代人は①WANTINGに制御されている部分が大きい。
何が欲しいか(①欲求)ではなく、
自分は何が好きか、どんな時に心地よいか(②快)を中心に据えていくのが大事。
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③LEARNING(学習)
は、これは、過去を学習し、
何が欲しいか、何が快かを判断するために使われる。
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●脳科学とウェルビーイング
そして、そんなハピネスを、どうウェルビーイングに変えていくか。
心理学研究では、ハピネス(ヘドニア)とウェルビーイング(エウダイモニア)は相関しているので、
この2つの要素をつなぐものがあるはず。
で、ここでは仮説として提示頂いているのが、
ハピネスをDMN(デフォルトモードネットワーク)が、ウェルビーイングにたらしめているのでは。とのこと。
DMNは内的な物語を作り、自己感を構築する。
つまり、日々のポジティブな経験が、ぼーっとする時間(DMN)を通して、人生の満足につながるのではないか。
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本論文外ですが、
脳とウェルビーイングの仮説には、以下のような話もあります。
▼ 候補1:デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)仮説
→今回の。ただ、DMN自体はマインドワンダリング(心のさまよい)といった、
あまり良くない状態として捉えられることもありますね。
▼ 候補2:腹内側前頭前皮質(vmPFC)仮説(Bartra et al. 2013)
→この部位が、快にも、人生の意味にも同様に反応する
▼ 候補3:島皮質(insula)仮説(Lewis et al. 2014)
→リフの心理的ウェルビーイングと、島皮質の灰白質の大きさと相関していた。(特に人格的成長/他者関係)
▼ 候補4:報酬感受性の差別化(Telzer et al. 2014)
→向社会的な寄付活動を脳が報酬として捉える人は、うつになりづらい。
→リスクテイキングでお金を得る活動を報酬として捉える人は、うつになりやすい。
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ハピネスと至福の神経科学
The Neuroscience of Happiness and Pleasure
Morten L. Kringelbach(オックスフォード大学/オーフス大学)& Kent C. Berridge(ミシガン大学)
Social Research: An International Quarterly, 2010
【背景】
Kringelbach & Berridge (2010) の論文の前提となる既存研究を、論文の流れに沿って整理しました。
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■ 1. 幸福を定義する枠組み:アリストテレスから現代心理学へ
▼ ヘドニアとエウダイモニア
古代ギリシャのアリストテレス以来、幸福は2つの側面から考えられてきました。
・ヘドニア(hedonia):快楽そのもの
・エウダイモニア(eudaimonia):「よく生きること」=人生の意味
▼ 第3の要素「エンゲージメント」の追加
ポジティブ心理学の流れの中で、Seligman et al. (2005) は、人生への没頭・参加感(エンゲージメント)を第3の幸福要素として加えるべきだと提案しました。
▼ 主観的ウェルビーイングの測定
Kahneman (1999) は、幸福を「主観的ウェルビーイング(subjective well-being=自分で感じる人生の良さ)」として自己報告で測る手法を発展させ、最良の測定法は「今この瞬間どう感じているかを繰り返し尋ねること」だと提案しました。
▼ 幸福の分布
Kesebir & Diener (2008) の調査では、約80%の人が「人生全体としてかなり〜とても幸せ」と答え、同じく約80%が「現在の気分はポジティブ」と回答しました。
▼ 「幸福すぎる」ことの逆説
Oishi et al. (2007) は、過度に高い快楽スコアは、収入・教育・政治参加といった人生の成功をむしろ妨げる可能性があることを示しました。
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■ 2. 快楽と幸福をつなぐ歴史的議論
▼ フロイトの快楽原則
Freud & Riviere (1930) は、人は「不快の不在」と「強い快の経験」の両方を求めると論じました。ポジティブな感情のバランスが幸福に重要だという立場です。
▼ ジェイムズの「ネガティブな条件」説
W. James (1920) は、幸福は積極的な感情ではなく「束縛的感覚から解放された状態」であり、麻酔が人を幸福にする理由もそこにあると述べました。
▼ 文化による違い
Kuppens et al. (2008) は、自己表現を重視する国ではポジティブ感情が、個人主義を重視する国ではネガティブ感情の軽減が、生活満足度により強く結びつくことを示しました。
※ここから、文化によって快/不快の重みが異なるという視点が生まれます。
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■ 3. 快楽の進化的・適応的機能
▼ ダーウィンの先駆的見解
チャールズ・ダーウィンは感情の進化を論じ、感情表現は環境への適応反応だと示唆しました。
▼ 哺乳類に共通する「liking反応」
Steiner et al. (2001) は、甘味への「好む(liking)」反応・苦味への「嫌う(disliking)」反応は、ヒト乳児を含む霊長類全般に共通することを示しました。
※これにより、快楽は種を超えて保存された脳機能であることが裏付けられます。
▼ ポジティブ感情の適応的機能
・Nesse (2004):ポジティブ感情もネガティブ感情も適応的機能を持つ
・Fredrickson et al. (2008):ポジティブ感情は認知資源・感情資源を構築する(拡張-形成理論の流れ)
▼ 感情の二側面論
Kringelbach (2004) は、感情を「客観的に観察できる感情状態」と「主観的に体験される感情の感じ」に分けました。これにより、神経科学が客観的側面から快楽を研究できるようになりました。
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■ 4. 報酬の3要素モデル:liking / wanting / learning
▼ 報酬の分解
Berridge & Robinson (2003) と Smith et al. (2010) は、「報酬(reward)」を3要素に分けました。
・liking:快楽そのもの(感情的反応)
・wanting:インセンティブ・サリエンス(=刺激に動機的魅力を付与する働き)
・learning:連合学習・予測
▼ wantingとlikingの分離
Berridge (2007) は、中脳辺縁系のドーパミン神経伝達がwantingに関与し、likingとは別物だと示しました。
→「欲しいけれど好きではない」状態が起こり得ます。
▼ 嗜癖(依存症)のモデル
Robinson & Berridge (1993) のインセンティブ感作理論(incentive-sensitization theory)では、依存症ではwantingだけが過剰に増大し、likingやlearningと乖離することが示されています。
※これが「幸福どころか大きな不幸を招く快楽の罠」の説明になります。
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■ 5. 快楽を生み出す脳の場所
▼ ヘドニック・ホットスポット
Smith et al. (2010) と Aldridge & Berridge (2010) によれば、脳の中で快楽反応を「増幅する」場所は意外と少なく、わずか数mm³の小領域に限られます。
・側坐核殻(nucleus accumbens shell)
・腹側淡蒼球(ventral pallidum)
・橋の腕傍核(parabrachial nucleus)
など
▼ 眼窩前頭皮質(OFC)の役割
・Kringelbach & Rolls (2004) と Kringelbach (2005):眼窩前頭皮質(=額の奥にある脳領域)は、報酬の主観的快さを符号化
・O'Doherty et al. (2001):内側部はポジティブ、外側部はネガティブな価値を表象
・Davidson & Irwin (1999):前頭葉左半球がポジティブ感情に関与する可能性
▼ 損傷研究からの知見
・Anderson et al. (1999) と Nauta (1971):前頭前皮質損傷は社会的・道徳的判断や報酬関連意思決定を損なう
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■ 6. 脳刺激研究:快楽を直接引き起こせるか?
▼ 古典的「快楽電極」研究
Olds & Milner (1954) と Heath (1972) は、側坐核などへの電気刺激が報酬を生むと報告しました。しかし Berridge & Kringelbach (2008) は、これらが本当の「liking」ではなく「wanting」だけを引き起こしていた可能性を指摘しました。
▼ 脳深部刺激療法(DBS)
・Kringelbach et al. (2007):DBS(deep brain stimulation=脳深部刺激)とMEG(脳磁図)の併用
・Green et al. (2009):中脳水道周囲灰白質への刺激で疼痛緩和
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■ 7. 無快感症(アンヘドニア)と抑うつの脳
▼ 腹側淡蒼球の損傷
Miller et al. (2006):腹側淡蒼球の両側損傷でアンヘドニア(=快を感じられない症状)を呈した症例報告。
▼ 抑うつ治療
Steele et al. (2008):前帯状皮質後部の損傷術が抑うつ治療に一定の効果。
▼ 抑うつ脳のシグナル
Drevets et al. (1997):膝下前帯状皮質の異常が気分障害に関わる。
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■ 8. デフォルト・モード・ネットワーク(DMN):自己と意味の脳
▼ DMNの発見
Gusnard & Raichle (2001):脳には「何もしていないとき」に活発になる定常状態の回路(=DMN)が存在。
▼ DMNの機能
・Lou et al. (1999):瞑想・自己表象との関連
・Buckner et al. (2008):内的認知モードを担う
・Laureys et al. (2004):意識状態とも関わる可能性
▼ DMNの発達
・Fransson et al. (2007):乳児にもDMNが存在
・Fair et al. (2008):発達に伴ってDMNは成熟していく
※著者らは、このDMNが快楽ネットワークと交差することで、ヘドニア(快楽)とエウダイモニア(意味)を橋渡ししている可能性を示唆します。
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■ 9. 社会的絆と幸福
▼ 親子の絆
Kringelbach et al. (2008):親性本能の特異的・迅速な神経シグネチャを発見。
▼ 産後うつの実態
Cooper & Murray (1998):産後うつは母親の10%以上、父親の約3%に見られる。
▼ 親子関係の神経基盤
Parsons et al. (2010):社会神経科学が親子相互作用の脳活動を解明しつつある。
【内容】
■ 研究の目的と問題設定
▼ 中心的な問い
「幸福(happiness)を科学的にどう捉えるか?」
幸福は主観的で定義が難しく、これまで科学の対象になりにくいとされてきました。
▼ 著者らの戦略
著者らは「快楽(pleasure)の神経科学から攻める」という方針をとります。
理由は以下の通り。
・快楽は感情(affect)の中で最も客観的指標が取れる
・likingという感情反応は哺乳類に共通で動物実験が可能
・幸福調査でもヘドニア(快楽)とエウダイモニア(意味)は実証的に強く相関する
→ つまり、快楽の脳メカニズムを解明できれば、幸福全体への手がかりが得られるという戦略です。
▼ 重要な留保
「ヘドニアに焦点を当てる」ことは「快楽主義(hedonism)を支持する」という意味ではない、と著者らは強調します。
※快楽主義(hedonism)とは、快のための快を追求する立場で、後述する依存症(addiction)に近いものです。
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■ 方法論的な枠組み:感情を2層に分ける
▼ 感情状態と感情の感じの区別
著者ら(Kringelbach 2004)は感情を2つに分けます。
・affective state(感情状態):行動・生理・神経反応に客観的に現れるもの
・conscious affective feelings(意識的な感情の感じ):主観的体験
これは重要な戦略で、主観報告に頼れない動物実験でも、客観的なliking反応(=快を表す行動・表情)を測ることで「快楽の脳基盤」を探究できるようになります。
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■ 報酬を3要素に分解する
▼ rewardは1つではない
著者らは、これまで一括りにされがちだった「報酬(reward)」を3つに分解します。
・liking(好む):快楽そのもの。感情的な"快"の反応
・wanting(欲する):インセンティブ・サリエンス。刺激に動機づけ的な魅力を与える働き
・learning(学習):報酬と手がかりの連合学習・予測
▼ なぜこの分解が重要か
これらは脳内で別々のシステムに支えられているため、解離が起こり得ます。
たとえば、wantingだけが亢進してlikingが伴わない状態=「欲しいけれど好きではない」という現象が、依存症で観察されます。
▼ wantingの神経基盤
中脳辺縁系のドーパミン系(=中脳から側坐核などへ投射する神経回路)が中心。
ただしドーパミン=快楽ではなく、ドーパミン=wanting(動機づけ)である点が著者らの主張の核心です。
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■ 研究の中心:快楽を生み出す脳の場所
▼ 「快楽コーディング」と「快楽コーゼーション」の区別
著者らは2つの問いを区別します。
・コーディング(coding):快楽に伴って脳のどこが活動するか?(=相関)
・コーゼーション(causation):脳のどこを刺激すれば快楽が生まれるか?(=因果)
ヒトでの脳画像研究は前者しか答えられず、動物での操作研究で後者を補う必要があります。
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▼ 発見1:ヘドニック・ホットスポット
動物に薬物を微量注入する実験から、快楽を「増幅する」脳領域=ヘドニック・ホットスポットが特定されました。
特徴は以下の通り。
・大きさはわずか1mm³程度(ヒトでは約1cm³と推定)
・側坐核殻(nucleus accumbens shell)、腹側淡蒼球(ventral pallidum)、橋の腕傍核(parabrachial nucleus)などに分布
・μオピオイド・エンドカンナビノイド受容体への刺激で甘味への「liking反応」が2〜3倍に増加
▼ ホットスポットのネットワーク的性質
著者らは、これらのホットスポットは「散らばった島々が一つの群島を成すように」、解剖学的には離れていても機能的には統合された回路を作っていると述べます。
さらに重要なのは「協調的階層構造(cooperative heterarchy)」です。
→ 1か所のホットスポットだけでは快楽増幅は起きず、複数のホットスポットの「全会一致の賛成票」が必要、というモデルです。
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▼ 発見2:皮質における快楽処理
皮質では、感覚処理とは別に「快楽処理(hedonic cortex)」が存在することが示唆されています。
関与する領域は以下の通り。
・眼窩前頭皮質(OFC=額の奥)
・島皮質(insula=脳の側面の深部)
・内側前頭前皮質
・帯状皮質(cingulate cortex)
▼ OFC内の快楽地図
Kringelbach (2005) のレビュー研究では、OFC内で快楽処理が解剖学的に整理されていることが示されました。
・中前部(midanterior)・中外側部:主観的快さの強さを符号化(食物・性的オーガズム・薬物・チョコレート・音楽など多様な快に共通して活動)
・内側(medial):ポジティブな価値
・外側(lateral):ネガティブな価値(または逃避シグナル)
・後方→前方:具体的報酬(味)→抽象的報酬(金銭)へと表象が抽象化
▼ 重要な制限
OFCの活動が「快を生み出している」のか「快に伴って活動しているだけ」なのかは、まだ未確定です。
OFC損傷患者は快楽自体は正常に感じるケースが多く、「OFCが快楽を生む場所」とは断定できないと著者らは慎重に述べています。
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▼ 発見3:脳深部刺激(DBS)からの示唆
DBS(deep brain stimulation=脳深部に電極を入れて刺激する治療法)は、因果関係を直接調べられる手法です。
・中脳水道周囲灰白質(periaqueductal grey)へのDBSで疼痛緩和(Green et al. 2009)
・抑うつのDBS治療では、不快症状の軽減は起きるが、ポジティブな快楽が直接生まれるわけではない
・古典的な「快楽電極」(Olds & Milner 1954, Heath 1972)も、実は「liking」ではなく「wanting」を引き起こしていた可能性が高い
→ つまり「快楽を直接生み出す脳の場所」は、ヒトではまだ確定していないのが現状です。