東京大学の公開講座、「人間の在り方、生き方」を公開頂いているのですが、
とても面白く、かつウェルビーイングにつながる話ばかりです😍
前回に続き、もう一つ紹介😊
東京大学の高橋美保先生による「ただあるということ―東洋的な価値の再考」を紹介します😍
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思考的、認知的なDOINGな世界に生きていると、ポキッと折れやすい。
日本では昔から大事にされていた、
身体的、感覚的なBEINGを取り戻すことが大事。
でも、BEINGをDOINGしても、DOINGの延長になってしまう。
だからこそ、人生に踊り場を持つ、ただ立ち止まる場を持つことが重要。
また、一人でDOINGモードから抜け出すのは難しいので、
安全な他者と一緒にいることでBEINGが引き出される。
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感想ですが、
仰る通りBEINGをDOINGすると、DOINGの延長になってしまうので、
ただBEINGでいることも大事だなぁと思います。
でもその先に、DOINGをBEINGできるようになると、DOBE一体、DOBE一如になっていくのかなぁ。
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【ただあるということ―東洋的な価値の再考】高橋美保_第141回(2025年秋季)東京大学公開講座「人間の在り方、生き方」
2026/1/30
https://www.youtube.com/watch?v=PiAyB04qusU
私たちは日々頑張って生きる中で常に何かをする(Doing)モードで生きていますが、それによる苦しみもあります。東洋文化の価値に根差したただ在る(Being)モードの価値の再考が必要だと考えています。
講師:高橋 美保(東京大学大学院 教育学研究科 臨床心理学コース / 教授)
00:20 イントロダクション
03:48 心理面接の現場で
11:00 DoingとBeing
22:43 東洋的な価値
29:03 どうやってBeingになるのか
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第141回(2025年秋季)東京大学公開講座「人間の在り方、生き方」シリーズ
東大TV
https://tv.he.u-tokyo.ac.jp/course_12174/
個人の生き方は法でどこまで尊重されるか | 米村滋人
花する人間 | 中島 隆博
生物はなぜ老い、そして死ぬのか | 小林 武彦
ただあるということ―東洋的な価値の再考 | 高橋 美保
「ただ、ある」ということ:DoingとBeingのバランスで心の平穏を取り戻す 現代人を追い詰める「Doing」の罠 「過去の選択」や 「未来への不安」への囚われ 頭がつねにここに、常に思考がとどかり続けている状態。 「もっと、もっと」という 強迫的コントロール 成果や理想を追い求めすぎるあまり、心に葛藤が生まれてしまう。 「折れてしまう」 リスク 頭だけの「Doing」だけでは、限界が来たときに心がボキッと折れてしまう。 心を回復させる「Being」のあり方 「あるがまま」の受容 毎日や何度も一日中に置き、今この瞬間を感じることを。 「人生の庭場」を耕す 立ち止まって手探りを整え、自分と周りの現象を共有する間。 認め 「動き性」を 認める主体性 自分の道に触れることは、自分らしく生きるための第一歩となる。 Doingモードと Beingモードの本質的な違い Doing(すること) 言葉・思考・評価 現状との比較、分析、実践 関係の構造・ コントロール 目標予定 Being(あること) 感覚・心・体感 あるがままの受容、今ここを思じる 全体性の回復・ 関係との共生 認識 アプローチ Notebbokで ただ、あるということ ―東洋的な価値の再考と、現代の疲れを癒やす「踊り場」 なぜ私たちは、 すべてを止しくこなしているのに苦しいのか。 Notebook LM さまよう心:私たちは「今、ここ」にいない 私たちは常に頑張り、前を向いて生きようとしています。 しかし、真面目に生きようとするほど、心は別の場所へ引き裂かれます。 「過去の後悔」 「未来の不安」 「あの時あああずればよかった…」 「これからどうなるのだろう…」 頭は自由に過去と未来を飛び回りますが、その結果、「今ここ」にいる自分 自身が空っぽになり、認知的な過負荷(オーバーロード)に陥るのです。 Notebook LM 「もっと頑張る」が機能しなくなる時 疲弊した時、私たちの「賢い頭脳」は解決策を提示します。 しかし、体と心はそれに追いつきません。 悪循環: 「なぜできないんだ」と 自分を責め、さらに 頭脳を酷使する 優秀な頭脳 自己批判 動けない体・心 頭脳の命令: 「もっとこう考えればできるはずだ」 「落ち込んでいる場合じゃないい」 体の拒絶: 理由もなく涙が出る、動けなくなる 頭や体ではなく、「心(感情)」に触れなければならないという重要なサインです。 なぜ「第三者の空間」が必要なのか? 日常の関係性 家族や同僚 心理面接の場 カウンセラー(臨床心理学) ・心記させたくないため、本音が言えない ・「正しいアドバイス」や「評価」が返ってくる ・弱みを見せることで傷つくリスクがある ・評価や「こうしてほしい」という期待が一切ない ・「正しい」ではなく「今のあなたに役立つか」を重視する ・完全に安全な、非日常の第三者空間 📓 NotebookLM 2つのモード:DOING(する)と BEING(ある) DOING BEING アプローチ 認知的・言語的・思考的 身体的・感覚的・直感的 目的 理想と比較し、 あるがままを観察し、 評価・コントロールする 一切評価しない 感情の扱い ネガティブを嫌い、 どんな気分もそのまま味わう ポジティブを求める 現代社会はDOINGモードに過剰適応しています。DOINGは有用ですが、 それだけではある日突然「ボキッと折れてし」まう脆さを持っています。 「ポジティブの欠如」という罠 ポジティブ 嫌しいことがある 「もっと評価されるべきなのに」 「もっと愛されるはずなのに」 嫌しいことがない ある ない 嫌なことがある ネガティブ 心理療法を訪れる優秀な人々の多くは、この「右上」の苦しみに因われています。 DOINGモードが「ないもの」を求め続け、心を疲弊させてしまうのです。 All NotebookLM 見落とされた平和:BEINGのエネルギー源 嫌なごとがない 「無事に電車が動いて、今日ここに来れている」 「お腹が痛くない」 「空気が吸える」 これは当たり前のこことではなく、寄跡のような状態です。もっと、もっと、と上を見るのをやめ、「すでにここにあるもの」を味わうこと。これがBEINGモードへの入り口であり、再び歩き出すための本当のエネルギー源です。 心の治療:西洋的アプローチと東洋的アプローチ 西洋(認知行動療法など) 自我を強める ・人間を「認知・行動・感情・身体」の要素に分解する ・問題を特定し、コントロール・修正するモデル 東洋(森田療法・内観療法など) 自我を手放す ・人間を区切らず、全体性(状況・感受)として捉える ・問題を直接攻撃せず、あるがままを受け入れるモデル 日本古来の知恵「症状不問」 東洋の影響を受けた日本の心理療法は、「症状不問(しょうじょうふもん)」という独自の価値観を持ちます。 ・苦痛(症状)を真正面から取り除こうとはしません。 ・代わりに、その人が「本来どうであったか(あるがままの自分)」に触れる生活を送ります。 ・自分を取り戻すことで、結果的に症状が自然と消えていくというアプローチです。 弱さ(バルネラビリティ)に触れる恐怖 コントロールを手放し、BEINGの自分に触れることは、実は非常に恐ろしい体験です。 なぜなら、自分自身の「弱さ」を直視しなければならないからです。 しかし、自分の弱さを受け入れること(受動性)は、決して敗北ではありません。弱さを認めた後には じめて、「本当は私は何をしたかったのか」という真の能動性(主体性)が生まれるのです。 ※ NoteBookMM マインドフルネスの罠:「BEING」を「DOING」してしまう BEINGの重要性に気づいた優秀な人は、ここで罠に陥ります。 「どうしたらBEINGになるか」を考え、必死で瞑想を頑張ってしまうのです。 1.「リラックスしなければ!」 2.「必死でマインドフルネス瞑想をこなす」 3.「なぜリラックスできないんだ!」 4.ストレス増加 BEINGは「する」ものではなく、「立ち現れる」ものです。努力やコントロールの対象にした瞬間、それは単なるDOINGモードの延長になってしまいます。 解決策:人生に「踏り場」を持つこと DOINGモードの連続から抜け出すには、 非日常の空間である「踏り場」が必要です。 - 長い石段の途中にある、ほっとする空間。 - ただ呼吸を整える場所。 - 「ここまで来たな」「この先 どうしようか」と、評価せずに 自分と周囲を見回す時間。 無理にBEINGになろうとするのではなく、ただ立ち止まることのできる「場」を 人生の中に意識的に作ることが、心の疲弊を防ぎます。 Fit Notebook4M 「他者」の存在がBEINGを引き出す 自分一人でDOINGモードから抜け出すのは至難の業です。 私たちが武装を解くためには、自分を評価・コントロールしない 「安全な他者」の存在が不可欠です。 自分 他者 あるがままの自分 他者がそこにいて、ただ共に時間を過ごすこと。その安心感の中で初めて、自分の中に 押し殺されていたBEING(あるがままの自分)が自然と立ち現れてくるのです。 統合への道:「大