はぴテク相談室:55小規模社会における主観的幸福感
最近、なんか自分って幸せなのかな?ってモヤモヤしてて。SNSとか見てると、みんな楽しそうで、自分だけ取り残されてる気がするんですよね。そもそも「幸せ」ってどういうことなんだろうって…。
それ、すごく深い問いですね。実はその「幸せってなんだろう?」という疑問、幸福研究者たちも長年悩んできたテーマなんですよ。今日はちょっと変わった角度から、一緒に考えてみませんか?アーミッシュ、トンガ、マサイ族という、私たちとは全然違う暮らしをしている人たちの「幸せ」を調べた研究があって、これがとても面白いんです。
アーミッシュ?マサイ族?なんか想像もつかない世界ですね(笑)。そういう人たちって幸せなんですか?
それが面白くて、一言では言えないんです。たとえばアーミッシュの人たち。電気もスマホもネットも使わず、農村で自給自足している人たちですが、人生満足度を7点満点で調べたら4.4点でした。「まあ幸せ」くらいの水準です。ただ、興味深いのは、友達や家族への満足度は高いのに、「自分自身への満足度」は低めに答えるんですよ。
えっ、なんで自分自身への満足度が低いんですか?
アーミッシュには「ゲラッセンハイト」という考え方があって、神への服従を通じた心の平安を大切にしているんです。「自分に満足しすぎること=傲慢な罪」という宗教的な価値観があるので、意図的に自己評価を抑えている可能性があるとされています。つまり、アンケートで低い点数を出したからといって「不幸」ではなく、その文化の中での「正しい答え方」をしているわけです。
なるほど…。じゃあ「幸せかどうか」を数字で測るのって、そもそも難しいってことですか?
まさにそこが研究者たちの大きな悩みどころです。この研究を書いたBiswas-Dienerという研究者は、「アンケートはもともと近代的な産業社会の人向けに作られているから、それだけじゃ不十分だ」と言っています。だから聞き取り調査や、実際にその社会に入って観察する方法を組み合わせることが大事だって。たとえばマサイ族を調べるときは、まず現地語で「幸福」にあたる言葉を丁寧に調べることから始めたんですよ。
マサイ族の言葉だと「幸福」ってどう表現するんですか?
マサイ語には幸福に関する言葉がいくつかあって、「喜びに満ちた気分」を表す言葉、「明るい心を持つ」という深い充実感を表す言葉、「健康で体力がある」状態を表す言葉など、それぞれ少しずつ違うニュアンスがあるんです。そしてマサイの人たちの人生満足度は7点満点で5.4点と比較的高めでした。
へえ!でもマサイ族って過酷な環境で暮らしてるイメージがありますけど、なんで幸せ度が高いんでしょう?
それがすごく面白いデータがあって、「昨日ネガティブなことがありましたか?」と聞いたら、調査した111人のうち59人が「一つも思いつかない」と答えたんです。でも彼らが「ネガティブ」として挙げた内容は、「子どもが重い病気になった」「ヤギがハイエナに殺された」など、かなり深刻なものだけ。研究者はこれを「ネガティブな出来事の閾値が高い」と表現しています。渋滞や日常のちょっとした不満は、そもそも「ネガティブ」としてカウントしないんですね。
…ちょっと耳が痛いです(笑)。私なんてSNSのちょっとした比較でモヤモヤしてますからね。文化によって「何を不幸と感じるか」が全然違うってことですか?
その通りです。そしてトンガ(南太平洋の島国)の研究でも面白いことがわかっています。トンガでは「家族や親族への義務を果たすこと」が幸せの大きな要因になっていて、逆に「自分個人の欲求の充足」は幸せとあまり関係がなかったんです。また高齢者ほど満足度が高いのですが、それは「歳をとるほど社会的地位が上がり、自分で意思決定できる自由が増えるから」という理由が考えられています。
なんか、幸せの形って本当に人それぞれというか、文化それぞれなんですね。じゃあ私が「みんなと比べて幸せじゃない」って感じるのも、SNSという特定の文化の中でのモノサシで測ってるだけかもしれない?
その気づき、すごく大事だと思います。この研究が言いたいことの核心はまさにそこで、「幸せとは何か」の答えは、どの文化・言語・社会の中でそれを問うかによって大きく変わるんです。アーミッシュの謙遜、トンガの親族への義務、マサイの高い苦境の閾値——どれも「近代的なモノサシ」だけでは測れない幸せの形です。あなたが使っているSNSのモノサシも、あくまで一つの文化的な枠組みに過ぎないかもしれませんね。
なんか、少し楽になりました。「幸せかどうか」を測るモノサシ自体を疑ってみるって視点、今までなかったです。ありがとうございます!
■ 今日のまとめ
- 「幸せかどうか」の感じ方や表現の仕方は、文化や社会によって大きく異なります。アーミッシュの謙遜、トンガの親族義務、マサイの高い苦境の閾値など、近代的なアンケートだけでは捉えきれない幸福の多様性があることが示されています。
- マサイ族の研究では、日常的な小さな不満を「ネガティブ」と認識しない傾向が見られました。何を「不幸」と感じるかの基準(閾値)自体が、文化によって異なる可能性があります。
- 自分の幸せを測るモノサシ(SNSでの比較など)は、あくまで特定の文化的枠組みの一つに過ぎません。「自分は幸せか」を問う前に、どんなモノサシで測っているかを振り返ることも一つの視点です。
■ 出典・注意事項
- Biswas-Diener, R. (2018). Subjective well-being in small-scale societies. In E. Diener, S. Oishi, & L. Tay (Eds.), Handbook of Well-Being. DEF Publishers.
- Biswas-Diener, R., Vittersø, J., & Diener, E. (2005). Most people are pretty happy, but there is cultural variation: The Inughuit, the Amish, and the Maasai. Journal of Happiness Studies, 6, 205–226.
- Moore, C., & Younge-Leslie, M. (2005). Tonga (study referenced in Biswas-Diener, 2018).
- Diener, E., Emmons, R. A., Larsen, R. J., & Griffin, S. (1985). The Satisfaction with Life Scale. Journal of Personality Assessment, 49, 71–75.
- Cantril, H. (1965). The Pattern of Human Concerns. Rutgers University Press.
- 【注意事項】本研究はアーミッシュ・トンガ・マサイ族という特定の小規模社会を対象にしており、すべての文化や集団に結果が当てはまるわけではありません。また、調査で見られた関連は相関であり、文化的規範が幸福を直接引き起こすと断言できるものではありません。さらに、各集団の調査対象者数が限られており(52名・227名・127名など)、結果の一般化には慎重さが求められます。量的・質的調査の組み合わせという方法論的な工夫はなされていますが、調査者自身の文化的バイアスが完全に排除できているとは限らない点も著者自身が認めています。
研究自体の紹介はこちら😊
55小規模社会における主観的幸福感
https://wellbeing-archive.pages.dev/posts/2026-04-04-1775333276/