38職務要求-資源理論の多重レベル:従業員の幸福とパフォーマンスへの示唆
ウェルビーイングハンドブック_第六章:リソース
毎日読めばウェルビーイングの基礎が分かる、ウェルビーイング・ハンドブック紹介シリーズ、第六章😊
今回は、仕事。特にJD-R理論に基づいて整理頂いています😊
ーーー
↓これ面白い😍
● JD-R理論の8つの命題(主要な主張)
命題1:すべての仕事の特性は「職務要求」と「職務資源」に分類できる
命題2:職務要求は健康障害プロセスを、職務資源はモチベーション向上プロセスを引き起こす
命題3:職務資源は、職務要求がもたらす悪影響を緩衝(バッファー)できる
命題4:職務要求が高い状況では、職務資源のモチベーション効果がとくに強まる
命題5:楽観性・自己効力感などの個人資源(Personal Resources)も職務資源と同様の役割を果たす
命題6:エンゲージメントはパフォーマンスを高め、ストレス反応はパフォーマンスを下げる
命題7:慢性的なストレス反応は「自己妨害(self-undermining)」行動を引き起こし、それがさらなる職務要求を生み出す
命題8:仕事にエンゲージした従業員は「ジョブ・クラフティング(job crafting)」を行い、資源をさらに高める
ーーー
■ 職務要求-資源理論(JD-R理論)の多重レベル:従業員の幸福とパフォーマンスへの示唆 Bakker & Demerouti, 2018
▼ この論文のテーマと問題意識
職場における幸福(ウェルビーイング)の研究は、これまで多くの知見を積み重ねてきました。しかし既存の研究の多くは、「職場環境が従業員に影響を与える」という一方向の刺激-反応モデルに留まっており、従業員を受け身の存在として扱ってきました。
本論文では、JD-R理論(Job Demands-Resources Theory:仕事の要求度-資源理論)の最新版を使って、次の2つの問いに答えようとしています。
・職場環境はどのように従業員に影響するのか
・従業員はどのように自分の職場環境を能動的に作り変えるのか
さらに、個人レベルだけでなく、組織・リーダー・チームという複数の階層が互いに影響し合っていることを示すのが、この論文の大きな特徴です。
ーー
▼ JD-R理論の基本的な枠組み
まず理論の土台を理解するために、中心となる概念を整理します。
・職務要求(Job Demands):仕事においてエネルギーを消費する側面のこと。業務量の多さ、複雑なタスク、対人葛藤などが含まれます。要求には2種類あり、「挑戦的要求」(高負荷だが達成感につながる)と「障害的要求」(パフォーマンスを阻害するもの)に分けられます。
・職務資源(Job Resources):要求に対処し、目標を達成するために役立つ仕事の側面のこと。フィードバック、上司や同僚からのサポート、スキルの多様性などが該当します。これらは有能感・関係性・自律性という人間の基本的心理的欲求(Deci & Ryan, 1985)を満たし、ワーク・エンゲージメントを高めます。
・ワーク・エンゲージメント(Work Engagement):活力・熱意・没頭という3要素からなる、仕事への充実した心理状態(Schaufeli & Bakker, 2004)のことです。
ーー
▼ JD-R理論の8つの命題(主要な主張)
命題1:すべての仕事の特性は「職務要求」と「職務資源」に分類できる
命題2:職務要求は健康障害プロセスを、職務資源はモチベーション向上プロセスを引き起こす
・慢性的な高負荷は疲弊・燃え尽き・身体疾患につながる
・資源の充実はエンゲージメントと活力につながる
命題3:職務資源は、職務要求がもたらす悪影響を緩衝(バッファー)できる
・特定の要求に特定の資源を対応させる必要はなく、様々な資源が汎用的に緩衝効果を持つ(Bakker, Demerouti & Euwema, 2005)
命題4:職務要求が高い状況では、職務資源のモチベーション効果がとくに強まる
・フィンランドの教師・歯科医師の研究では、生徒の問題行動が多い状況で、感謝・革新性・スキル多様性が特にエンゲージメントを高めた(Bakker, Hakanen, Demerouti & Xanthopoulou, 2007)
命題5:楽観性・自己効力感などの個人資源(Personal Resources)も職務資源と同様の役割を果たす
・高い自己効力感を持つ看護師は、感情的に消耗する患者とのかかわりを「チャレンジ」と捉え、エンゲージしやすかった(Bakker & Sanz-Vergel, 2013)
命題6:エンゲージメントはパフォーマンスを高め、ストレス反応はパフォーマンスを下げる
・ファストフード店の従業員研究では、エンゲージメントが高い日ほど実際の売上成績が高かった(Xanthopoulou et al., 2009a)
命題7:慢性的なストレス反応は「自己妨害(self-undermining)」行動を引き起こし、それがさらなる職務要求を生み出す
・自己妨害とは「自分のパフォーマンスを阻む障害を自ら作り出す行動」(Bakker & Costa, 2014)のこと。混乱や対人葛藤を生み出すことで、悪循環(ロスサイクル)が形成される
命題8:仕事にエンゲージした従業員は「ジョブ・クラフティング(job crafting)」を行い、資源をさらに高める
・これがゲインサイクル(好循環)の原動力となる
ーー
▼ ロスサイクルとゲインサイクル
この理論の核心の一つは、職場状態が時間をかけて悪循環・好循環のサイクルを形成するという視点です。
・ロスサイクル(Loss Cycle):
高い職務要求 → 疲弊 → 自己妨害行動 → さらなる職務要求の増大 → より深い疲弊
この連鎖はホブフォルの資源保存理論(COR理論)における「資源喪失の螺旋」と一致します(Hobfoll, 1989)。燃え尽き症状を持つ総合診療医が5年後により多くの患者からの苦情・脅しに直面していたことも確認されています(Bakker et al., 2000)。
・ゲインサイクル(Gain Cycle):
職務資源の充実 → エンゲージメント向上 → ジョブ・クラフティング → さらなる資源獲得 → より高いエンゲージメント
歯科医師の3年間の追跡研究では、資源がエンゲージメントを高め、エンゲージメントが個人的自発性を高め、それがさらなる資源獲得につながる好循環が確認されました(Hakanen, Perhoniemi & Toppinen-Tanner, 2008)。
ーー
▼ ジョブ・クラフティングとは
ジョブ・クラフティングとは、従業員が自発的に仕事の内容や人間関係を変えていく行動のことです(Wrzesniewski & Dutton, 2001)。JD-R理論ではこれを行動レベルで捉え、次の3つの形で整理しています。
・挑戦的要求を自ら増やす(新しい課題への挑戦)
・社会的・構造的な資源を自ら増やす(サポートの獲得、フィードバックの要請)
・障害的要求を自ら減らす
ただし注意点として、「障害的要求を減らす」形のクラフティングは、ロスサイクルを止める効果が限定的であることも示されています(Demerouti, 2014)。
ーー
▼ 多重レベルの視点:組織・リーダー・チームの影響
この論文の独自性の一つは、個人レベルを超えた複数の階層が互いに影響し合うことを示している点です。
・組織レベル:人事施策(採用・育成・業績管理など)が組織風土を形成し、それが個人の職務要求と資源を変える。1万5千名超・1200職場以上の調査では、職務充実化施策が職務資源(自律性)と職務満足を通じて組織生産性に貢献していた(Croon et al., 2015)。
・心理社会的安全風土(Psychosocial Safety Climate:PSC):経営が従業員の心理的健康を守ることを重視しているという職場全体の共通認識。PSCが高い職場では、高い職務要求があっても従業員のうつ症状が抑制され、エンゲージメントが高まりやすかった(Hall et al., 2013)。
・リーダーレベル:変革型リーダーシップ(Transformational Leadership)とは、インスピレーションを与え、個人への配慮や知的刺激によって部下を動機づけるリーダーシップスタイルのこと。このリーダーシップが資源(自律性・フィードバック・成長機会)を生み出し、エンゲージメントとパフォーマンスを高めることが示されています(Breevaart et al., 2014)。また、リーダーの権限委譲行動(エンパワリング行動)は、部下のジョブ・クラフティングを促すことも確認されています(Wang et al., 2017)。
・チームレベル:チーム内でのエンゲージメントの「感染(クロスオーバー)」が起きることが示されており、チームメンバーがクラフティング行動を取っていると、個人もクラフティングをしやすくなる(Tims et al., 2013)。
ーー
▼ 今後の研究課題
著者たちは以下の3点を課題として挙げています。
・なぜ一部の人はロスサイクルを抜け出せないのか、またゲインサイクルがどのように維持されるのかのメカニズムが未解明
・多重レベルの交互作用効果(どの条件でどのレベルの要因が最も重要か)の実証研究がまだ少ない
・ジョブ・クラフティングや自己妨害以外の「個人の戦略的行動」(コーピング、強みの活用、活力マネジメントなど)をJD-R理論に統合する必要がある
ーー
▼ 実践への示唆
・定期的な職務要求・資源・ウェルビーイングのモニタリング
・HR部門による「ジョブ・クラフティング研修」の導入(看護師・外科医を対象とした研究でパフォーマンス向上が確認されている)(Gordon et al., 2016)
・管理職・リーダーへのトレーニング(部下の資源を生み出す能力の育成)
・従業員自身が仕事を再設計できる「決定権限」を組織が与えること
ーー
▼ まとめ
JD-R理論は、職場の幸福とパフォーマンスを理解するための包括的な枠組みです。この論文が特に示しているのは、次の3点です。
・従業員は受け身ではなく、自ら仕事環境を形成する能動的な主体である
・幸福とパフォーマンスは、個人だけでなく組織・リーダー・チームという複数の階層から同時に規定される
・職場の状態は時間をかけて悪循環・好循環を形成するため、早期介入が重要である
ーーー
Multiple Levels in Job Demands–Resources Theory: Implications for Employee Well-being and Performance
By Arnold B. Bakker, Erasmus University Rotterdam, The Netherland, & Evangelia Demerouti, Eindhoven University of Technology, The Netherlands
本章では、最新の「職務要求-資源(JD-R)理論」を用いて、労働条件が従業員にどのような影響を与えるか、また従業員が自身の労働条件にどのような影響を与えるかを説明する。我々は、従業員の自己阻害行動が、時間の経過とともに職務要求、ストレス、および否定的行動という「損失のサイクル」を活性化させる一方で、従業員のジョブ・クラフティングが、職務資源、仕事へのエンゲージメント、および肯定的行動という「利益のサイクル」を活性化させることを示す。さらに、従業員のウェルビーイングと組織行動は、異なるレベル(すなわち、組織、チーム、個人レベル)に位置する要因の関数であり、それらは時間的経過とともに相互に影響し合うと論じる。本稿では、組織レベルの取り組みやリーダー/従業員の行動が、チームおよび個人のウェルビーイングとパフォーマンスに及ぼす、レベル横断的な相互作用効果を提案する。JD-R理論は従業員のウェルビーイングとパフォーマンスに関する多くの疑問に答えを提供しているが、本稿では研究上の注目に値するいくつかの課題について論じる。本章の結びとして、実践的な示唆を提示する。管理職や監督者が、従業員が健康上の問題を回避し、職場で活躍できるようどのように支援できるかについて論じる。
キーワード:JD-R理論;ワーク・エンゲージメント;多層モデル;チーム;人事施策