仕事は辛いものである、と考えていると、ブルシットジョブでも幸福度が落ちない
ドイツのウルム大学、マリーナ・ミュラー先生らの最新研究。
日本における仕事の幸せが低い理由として、
「仕事は辛いものである」という考え方が結構大きいんじゃないかと思っていました。
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が、案外そういう考え方が、
ブルシットジョブ(無意味、不必要、有害な仕事)への耐性につながるよ。
との事です。アメリカでの研究ですが。
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研究では、
基本的にはブルシットジョブをしていると幸福度が低下していました。
が、仕事は辛いものであるが頑張ろう精神(プロテスタント労働倫理)が高いと、
ブルシットジョブが増えても、幸福度は変わらない。むしろ高まる場合もあるという・・・
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なるほどな〜、
つまらなかったり辛い仕事も耐えられるように、
仕事は辛いもの精神が浸透してるんだなぁ。
(これはアメリカでの研究ではありますが、日本でもそうなんじゃないかなぁ。)
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ただ一方で、
仕事には意味あるんだ!という認識があると、幸福度を大幅に高める。
かつ、仕事は辛いものである、という認識があっても、仕事に意味ある!という認識を持つことは可能。
というのも出ているので、
ジョブクラフティング的な、仕事に意味を見出す、というのが、当たり前になってくれば、
日本全体のはたらく幸福度向上にも繋がってきそう。
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●まとめ
まとめると、
つまらなかったり辛かったり仕事をしていても、仕事は辛いもんだと思っていれば幸福度が落ちない。
でも、
そもそも仕事に意味や意義を見出して取り組む方が幸福度高まるよね。
ジョブクラフティングなどで、仕事の意義や意味を見つける努力をしていこう❗
という感じですかね😊
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職場でのくだらない仕事体験と主観的幸福感:プロテスタントの労働倫理の緩和役割
Bullshit job experiences at work and subjective well-being: The moderating
role of protestant work ethic
2025/8/20,Personality and Individual Differences
マリーナ ・ミュラー(ウルム大学)、マイケル ・バルテルメス、ヨハネス ・ケラー
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0191886925003502?dgcid=rss_sd_all
この論文の目的は、(a)職場での否定的な経験の認識(くだらない仕事の認識)と主観的幸福感との関係を探り、(b)プロテスタントの労働倫理(つらい、苦痛な仕事だけが良い仕事であるという確信)を、くだらない仕事の認識と主観的幸福感との関係に関する調整因子として調べることである。米国の従業員をサンプルとして3件の横断研究(合計N = 1400)が実施された。調整分析により、自分の仕事をくだらないと認識することと主観的幸福感との関係は、プロテスタントの労働倫理によって制限されることが明らかになった。くだらない仕事の認識は主観的幸福感と負の相関があったが、それはプロテスタントの労働倫理が低い人だけだった。興味深いことに、プロテスタントの労働倫理が高いスコアを取った人の場合、くだらない仕事の認識と主観的幸福感には相関がなかったか、正の相関さえなかった。このように、仕事におけるネガティブな側面の認識は、勤勉さの重要性を重視するプロテスタント的な労働倫理を強く支持する人々において、高い主観的幸福感と関連している可能性がある。対照的に、プロテスタント的な労働倫理が低い人は、職場で不利な経験に直面した際に、主観的幸福感が低くなる傾向がある。私たちの研究結果は、従業員の主観的幸福感に関して、仕事に関する態度と職場経験の相互作用を調査することの重要性を強調している。