ヒンドゥー教における幸せの概念
ポジティブ心理学の観点からヒンドゥー教(ヒンズー教)を見る。という面白い論説がありました😊
そして、ヒンドゥー教、不勉強でしたが、面白いですね😍
かなりポジティブ心理学にも近い。
スカ・ドゥカの二元論から入って、サット・チット・アーナンダという二元論を超えた世界に入る。というのも、面白いなぁ。
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幸福に至るには、
まず現状に気づき、行動を選択し、そして最高状態に入っていく。
気づき:スカ(幸福)-ドゥカ(苦)
スカは優れた状態のことなので、まさにウェルビーイング
※スカの主要な決定要因は、「すべての人の幸福への願い」😍
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選択:シュレーヤスとプレーヤス
シュレーヤス:幸福を高める行動
プレーヤス:感覚的快楽として偽装された罠
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最高状態:サット(真理)・チット(意識)・アーナンダ(至福)
サット:他者への調和のとれた見方や愛と所属感
チット:自分の志向、言葉、感情、行動に対する責任感
アーナンダ:外部事象に左右されない喜びの状態維持能力
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そして、別論文から尺度も足して、gensparkさんにスライドにしてもらったのを添付します。
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心理学的なレンズを通してヒンドゥー教を理解する
Understanding Hinduism from a Psychological Lens
Religious and Spiritual Practices in India ,2023/8/1
https://www.researchgate.net/publication/372797904_Understanding_Hinduism_from_a_Psychological_Lens
ヒンズー教は、世界中に何百万人もの信者がいる世界的な宗教です。ヒンズー教には、人間の行動を理解するのに役立ついくつかの学派が組み込まれています。この章では、人間の行動の心理学的理解を助けるヒンズー教の原則と構成のいくつかについて説明します。この章では、ヒンズー教の起源と基本的教義について簡単に説明します。サナータナ・ダルマとカルマの教義について説明し、ヒンズー教の聖典とシンボルの重要性を概説します。次に、ヨガのヒンズー哲学、特にアシュタンガ・ヨガを検討し、それを採用することでどのように健康上の利点が得られるかを検討します。次に、トリグナ、トリドーシャ、ヴィカラ、アナサクティなど、ヴェーダの性格のいくつかの側面について説明します。この章の最後のセクションでは、ヒンドゥー教の幸福と健康のモデルであるSukha と duḥkha、Śreyas と Preyas、Sat-chit-anandaについて説明し、主流の幸福理論との類似点を示します。結論として、ヒンドゥー教内であまり研究されていない概念と主流の心理学的概念との関連性を調べるための将来の研究の必要性を強調しています。
■論説の全体像
1. ヒンドゥー教の起源と基本的概念
起源と名称:
サナータナ・ダルマ(永遠の法):
カルマ(業):
2. アシュタンガ・ヨガ(八支則)
ヤマ(禁戒・抑制):
ニヤマ(勧戒・自己修養):
アーサナ(座法・姿勢):
プラーナーヤーマ(呼吸法):
プラティヤーハーラ(感覚の制御):
ダーラナー、ディヤーナとサマーディ(集中、瞑想、三昧):
3. ヴェーダ的人格論
トリグナ(三性質):
トリドーシャ(三体質):
ヴィカーラ(内なる敵):
アナサクティ(無執着):
何で、こんなに素晴らしい考え方なのに、カースト制度なんてものが作られたんですか?
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ご質問は非常に重要な点を指摘しています。ヒンドゥー教の深遠な哲学とカースト制度(階級制度)の共存は一見矛盾しているように思えます。
この矛盾には歴史的、社会的要因が関係しています:
思想と実践の乖離:
多くの宗教や哲学体系と同様に、理想的な教えと実際の社会実践の間にはしばしば隔たりがあります。ヒンドゥー教の根本哲学は平等と一体性を重視しますが、社会制度はより複雑な発展を遂げました。
歴史的発展:
元々のヴァルナ制度(四種姓制度)は職業や社会的役割に基づく区分であり、必ずしも生まれによる固定的なものではありませんでした。しかし、時間の経過とともに、この制度は硬直化し、出生に基づく厳格な階層制度になりました。
社会構造の複雑性:
「サナータナ・ダルマ」(永遠の法)の概念は、社会のすべての構成員が異なる役割を果たすことで調和が生まれるという考えに基づいていました。しかし、この考えは時間とともに歪められ、特権と抑圧の正当化に利用されるようになりました。
人間の傾向:
権力と特権を持つ集団は、自分たちの立場を正当化するために宗教的概念を再解釈する傾向があります。これはヒンドゥー教に限らず、多くの宗教や思想体系で起こる現象です。
改革運動:
多くのヒンドゥー教思想家や改革者(ヴィヴェーカーナンダやガンディーなど)は、カースト制度の硬直性や差別的側面を批判し、ヒンドゥー教の本質的な平等思想に立ち戻るよう主張してきました。
重要なのは、宗教の根本的な哲学と、その哲学がどのように社会で実践されてきたかを区別することです。ヒンドゥー教の幸福や自己実現に関する素晴らしい概念は、社会構造の不平等と並存してきましたが、これは教えそのものの欠陥というよりも、人間社会がそれらの教えをどのように解釈し実施してきたかという問題です。
現代のヒンドゥー教徒の多くは、カースト制度の差別的側面を拒否しつつも、ヒンドゥー教の深い精神的教えを実践しています。社会は進化し続け、多くの場所で伝統的なカースト障壁は弱まってきていますが、その影響は依然として存在しています。