はぴテク相談室:老年的超越とウェルビーイング
最近、80代の母のことで少し悩んでいて…。足腰が弱くなって外出もほとんどできなくなったのに、母本人はなんだかとても穏やかで、むしろ満足そうなんです。身体がどんどん不自由になっているのに、なぜそんなに穏やかでいられるのかが不思議で。私のほうが心配しすぎているのかな、とも思って。
それは素敵なお母様ですね。そして、あなたが心配されるのもとても自然なことだと思います。実は、その「身体は不自由なのに心は穏やか」という状態、高齢者のウェルビーイング(心の豊かさ・幸福感)を研究している人たちの間でも注目されているテーマなんですよ。
え、そうなんですか?研究されているんですね。どういう観点で研究されているんでしょう?
「老年的超越(ろうねんてきちょうえつ)」という考え方があるんです。スウェーデンの社会学者トーンスタムという方が提唱した概念で、年を重ねるにつれて、「モノや効率を大切にする合理的な見方」から「もっと宇宙的・超越的なおおらかな見方」へと自然に変化していく、というものです。
「宇宙的な見方」って、ちょっとスピリチュアルな感じですか?
ふふ、そう聞こえますよね。ざっくり言うと、「自分の人生全体をおおきな流れの中でとらえ直す」感覚、とでも言いましょうか。この老年的超越にはいくつかの側面があって、たとえば「過去の自分の出来事をポジティブに受け止め直せるようになる(一貫性の次元)」とか、「内面に向かい、静けさの中に自然な流れを感じる(宇宙的・無為自然な感覚)」といったものが含まれます。
なるほど。で、それがお母さんの「穏やかさ」と関係しているということですか?
関連している可能性があると研究で示されています。日本の高齢者を対象にした調査では、「自分の過去をポジティブに受け止め直せている感覚(一貫性の次元)」と人生満足感の間に、統計的に有意な相関(r=.40)が見られています。また「宇宙的・超越的な感覚」と主観的な幸福感にも相関(r=.26)が確認されています。あくまで「関連がある」という話で、それが直接の原因かどうかは言い切れませんが。
85歳以上の、身体機能が低下した方たちを対象にした研究もありますか?お母さんみたいなケースに近い研究を知りたくて。
ちょうどそういう研究があるんです!85歳以上の超高齢者155名(平均88.4歳)を対象に、生活機能と心理的幸福感の両方を調べた研究です。その結果、大きく3つのグループに分かれたんですね。①身体も元気でウェルビーイングも高い群(約56%)、②身体機能が低くてウェルビーイングも低い群(約21%)、そして③身体機能は低いのにウェルビーイングが高い群(約23%)です。
③の「身体は不自由なのに心は豊か」なグループ、まさにお母さんみたい!その人たちはどんな特徴があったんですか?
この③のグループは、老年的超越の中でも特に「内向性(外よりも内面の世界に意識が向く)」「社会的な役割や肩書きからの解放感」「無為自然(あるがままの流れに身を任せる感覚)」の得点が、②のグループよりも有意に高かったんです。つまり、外の世界より内面の豊かさに向かい、社会的な役割へのこだわりが薄れ、流れに身を任せる感覚が強い人が、身体が不自由でも心の豊かさを保ちやすいかもしれない、ということが示されているんですね。
なんか、お母さんを見ていると「昔のことを懐かしんで、今はのんびりしている」感じがするんですが、それも関係ありますか?
とても関係しているかもしれませんね。「昔のことを懐かしみながらも、それをポジティブに受け止め直す」というのは、老年的超越の「一貫性の次元」に近い感覚です。研究では、このような自分の人生を振り返ってポジティブに受け止め直す姿勢と、人生満足感に関連が見られています。また、年齢や性別、身体的な問題やサポート状況を考慮しても、「人生に意味を感じる感覚」が老年的超越の宇宙的な側面と正の関連を示すという研究結果もあります。
なんだか、お母さんの穏やかさが少し腑に落ちた気がします。心配しすぎず、その穏やかさを大切にしてあげられたらいいな、と思えてきました。
素晴らしいですね。お母さんの穏やかさは、長い人生の中で自然に育まれてきたものかもしれません。老年的超越の考え方は、高齢期の「内向きな静けさ」や「社会的役割からの解放」を、問題ではなく自然な発達のプロセスとしてとらえ直す視点を与えてくれます。お母さんの穏やかさを一緒に尊重してあげられると、双方にとって温かい時間になりそうですね。
■ 今日のまとめ
- 「老年的超越」とは、高齢期に高まるとされる、合理的・物質的な世界観から宇宙的・超越的なおおらかな見方への自然な変化のこと。
- 日本の高齢者を対象にした研究で、老年的超越の「過去をポジティブに受け止め直す感覚」と人生満足感に相関(r=.40)、「宇宙的・超越的な感覚」と主観的幸福感に相関(r=.26)が見られた。
- 85歳以上の超高齢者を対象にした研究では、身体機能が低くてもウェルビーイングが高いグループは「内向性」「社会的役割からの解放感」「無為自然な感覚」が高い傾向にあり、老年的超越がウェルビーイング維持に関連する可能性が示されている。
■ 出典・注意事項
- 出典:増井ら(2016)「老年的超越」『日本老年医学会雑誌』53巻3号, 210頁. https://jpn-geriat-soc.or.jp/publications/other/pdf/perspective_53_3_210.pdf
- 注意事項①:本研究で示されているのは統計的な「相関(関連)」であり、老年的超越がウェルビーイングを直接引き起こす(因果関係)とは言えません。
- 注意事項②:対象は日本の高齢者・超高齢者であり、85歳以上のサンプル(155名)は比較的小規模です。結果の一般化には限界があります。
- 注意事項③:老年的超越の測定には質問紙(JGSなど)が用いられており、自己報告に基づく指標です。
研究自体の紹介はこちら😊
老年的超越とウェルビーイング
https://wellbeing-archive.pages.dev/posts/2024-10-15-1729031885/