幸せになろうとすると、不幸せになる。は、一部正しく、一部正しくない。
という研究(をまとめたメタ研究)。
美空ひばりさんの柔という歌での、「勝つと思うな 思えば負けよ」
に似ていますね😊
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幸せになろうとすると、逆に不幸せになる。という話はよくあるのですが、
その幸せになろうとする、には2種類ある。
それは、幸せへの懸念や判断と、幸せへの憧れ。
憧れは、不幸せにつながらないし、適切な行動につなげられれば、幸福度を高める。
一方で、懸念や判断は、渇望や落ち込みにつながり、幸福度を下げる。
とのこと。
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ちゃんと目指して、適切な行動を取れれば、不幸せにつながる訳がない。ですね。
今回のだと、幸せへの判断も不幸せにつながるとありますが、
実際にちゃんとした診断を行って、内省や行動につなげれば、ちゃんと幸福度も高まります😊
でも何もしらないで、幸せを渇望してるだけとか、人の幸せと比べると、下がっちゃいます😂
幸せへの適切な行動を、みんなが取れるよう、引き続き情報発信していきたいなと思いました。
(是非、面白いなと思ったら、周りの人やチームにもシェアして頂ければ幸いです😍)
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■AIサマリー
この論文は、幸福を追求することが必ずしも幸福につながらないという「幸福のパラドックス」について研究したものです。主な内容は以下の通りです:
幸福の追求に関連する2つの個人差を特定:
幸福への憧れ(幸福を重要な目標とみなすこと)
幸福への懸念(自分の幸福レベルを判断すること)
これら2つの個人差と幸福度の関係を調査:
幸福への憧れは幸福度とあまり関連がなかった
幸福への懸念は一貫して低い幸福度と関連していた
なぜ幸福への懸念が低い幸福度につながるのかを検証:
幸福に懸念を持つ人は、ポジティブな出来事でもネガティブなメタ感情(感情に対する感情)を経験しやすい
これがポジティブな経験を損ない、長期的に幸福度を下げる
複数のサンプルと方法(横断的、日記法、縦断的)を用いて結果を検証
結論:
幸福を重視すること自体は問題ではない
幸福に対する懸念や判断が幸福を損なう可能性がある
この研究は、幸福の追求に関する理解を深め、幸福を追求する上での有効なアプローチと有害なアプローチを区別する上で重要な知見を提供しています。
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■幸福への懸念や判断("concern about happiness")
具体的には以下のようなものが含まれます:
幸福感を常に監視する傾向:
自分が幸せかどうかを頻繁にチェックし、評価すること。
幸福度への過度な注目:
幸せな時でさえ、自分の幸福度を気にかけ続けること。
幸福感の不足に対する不安:
幸せを感じていないときに、自分に何か問題があるのではないかと心配すること。
幸福感に対する苛立ち:
幸せを感じられないことに対して、ストレスや不満を感じること。
幸福の比較:
自分の幸福度を他人や理想的な状態と比較すること。
幸福感の分析:
なぜ自分が十分に幸せでないのかを過度に分析すること。
幸福に関する否定的な自己対話:
「もっと幸せであるべきだ」「なぜこんなに幸せじゃないんだろう」といった内的な会話を繰り返すこと。
ポジティブな経験への不満:
良い出来事があっても、「もっと幸せを感じるべきだ」と考えてしまうこと。
幸福を条件付きで考える:
「○○になれば幸せになれるはず」といった条件付きの思考パターン。
幸福感の欠如に対する自己批判:
十分に幸せでないことを自分の欠点や失敗として捉えること。
これらの懸念や判断は、逆説的に幸福感を減少させ、全体的な幸福度を低下させる可能性があります。研究によると、このような態度は特にポジティブな出来事の中でネガティブなメタ感情(感情に対する感情)を引き起こし、結果として幸福感を損なう傾向があるとされています。
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■幸福への憧れ("aspiring to happiness")は、幸福を重要な目標として捉える態度や考え方を指します。
具体的には以下のようなものが含まれます:
幸福の重視:
幸せであることを人生の中で非常に重要なこととして考える。
幸福を目標とする:
幸福を達成すべき目標や理想として設定する。
幸福への積極的な姿勢:
幸せになるために積極的に行動しようとする態度。
幸福を生きがいとする:
幸福を人生の意義や目的と結びつけて考える。
幸福を評価基準とする:
物事の価値を幸福にどれだけ貢献するかで判断する傾向。
幸福を追求する意欲:
より幸せになるための方法を探求し、実践しようとする意欲。
幸福を人生の成功指標とする:
幸福度を人生の成功や充実度を測る指標として捉える。
幸福を中心とした生活設計:
幸福を中心に据えて生活や人生を設計しようとする姿勢。
幸福に関する学習意欲:
幸福について学び、理解を深めようとする態度。
幸福を社会的価値として認識:
幸福を個人的なものだけでなく、社会的にも重要な価値として捉える。
研究結果によると、幸福への憧れは幸福への懸念とは異なり、必ずしも幸福度の低下とは結びつきません。むしろ、適切な方法で幸福を追求する場合、幸福度の向上につながる可能性があります。
重要なのは、幸福への憧れが過度の執着や強迫観念にならないようバランスを取ることです。幸福を重要な目標として認識しつつも、柔軟性を持ち、プロセスも楽しむような姿勢が望ましいとされています。
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※論文
Unpacking the Pursuit of Happiness: Being Concerned About Happiness but Not Aspiring to Happiness Is Linked With Negative Meta-Emotions and Worse Well-Being
Emotion,2024/8/1
https://www.apa.org/pubs/journals/releases/emo-emo0001381.pdf
これまでの研究によると、幸福を重視する人ほど幸福でないことがある。
これらの疑問に答えるため、幸福の価値観に関連する、これまで混同されてきた2つの個人差を分離する幸福追求モデルを検討した。
1つ目の個人差は、価値そのものの強さに作用し、幸福を非常に重要な目標とみなす(すなわち、幸福を熱望する)ことに関与する。
2つ目の個人差は、幸福を追求するプロセスの後半で生じ、自分の幸福度を判断する(すなわち、幸福を気にする)ことに関係する。
このモデルは、幸福を熱望することは比較的無害であると予測する。 逆に、幸福を気にすることは、人々が自分の幸福を判断することにつながり、それによって潜在的に肯定的な出来事に否定性(すなわち否定的なメタ感情)を注入し、ひいては幸福を妨げる。
2009年から2020年にかけて収集された、性別、民族、年齢、地理的位置が多様な学生サンプルと地域社会サンプル(N合計 = 1,815)を用いて、横断的、日誌的、縦断的手法を用いてこれらの仮説を検証した。
研究1aおよび1bでは、幸福への熱望と幸福への関心は、明確な個人差を表していた。
研究2では、幸福への懸念は(幸福を熱望することではなく)、横断的にも縦断的にも幸福度の低下と関連していた。
研究3では、幸福への関心と幸福度の低下との関連は、日々の肯定的な出来事においてより大きな否定的メタ感情を経験することによって部分的に説明された。 これらの所見は、幸福を高く評価することは本質的に問題ではないが、自分の幸福に対する懸念や判断は幸福を損なう可能性があることを示唆している。