幸福の最大化は奇妙な生き方である
という論文が一昨日出ていました。
内田先生ら数十人での論文で、以前、未完成版で紹介していましたが、
正式に論文として発表されました😍
とっても興味深い、かつスマホでも自動翻訳で見れるので、是非!
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幸福の最大化は、WEIRD(西洋、教育、産業、富裕、民主主義)特有の考え方で、奇妙(Weird)である。
一つには、
主観的幸福度(人生満足度+ポジネガ感情)が最も大切で、それに付随する色んな幸せ要素がある。
という考え方があるが、並列に色んな幸せ要素があり、それは文化によって異なるのではないか。
一つには、
理想の幸福度は、文化によっても異なる。WEIRD以外では、そんなに最大化を望んでいないのではないか。
また、
WEIRD(西洋、教育、産業、富裕、民主主義)な考え方は、地政学的に、
環境が人間にとって暮らしやすい(メキシコ湾流、ヨーロッパ、アメリカ)から、という影響も大きそう。
みたいな話です。
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主観的幸福度が定義されたからこそ、幸せ研究は一気に進んだ。
(主観的幸福度と+何かを測れば、研究になるから。)
一方で、それだけではない、多様な幸せ研究(特に東洋的な幸せなど)も必要だね。ということかと思います。
全く同意。な部分もありますし、一方で、シンプルでまとまっている方が、現場的には高めやすかったりもするので、複雑な所。もあります。
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●従来の主観的幸福
主観的幸福の広範なモデルについて、次のような見解を示す:
1.幸福の最大化によって導かれる人生は、そのような概念のひとつに過ぎない。
2.主観的幸福とは、主観的幸福の構成要素と考えられる様々な現象(幸福、意味、調和、スピリチュアリティなど)を包括する概念である。
3.主観的幸福を構成する様々な要素は相互依存的であることが予想され、多くの文脈において、ある要素の変化は、他の要素においても同様の方向(ただし、必ずしも同様の強さではない)の変化を伴う可能性がある。
4.主観的幸福を構成するさまざまな要素は、概念的にも経験的にも別個のものである。具体的には、関連性はあるものの、主観的幸福を構成する要素は部分的に独立した形で作用するため、ある要素のスコアが高いからといって、他の要素のスコアが高くなるとは限らない。例えば、向社会的な活動に疲れ果てても、自分の意味感覚は高まるかもしれないが、自分の幸福感は低下するかもしれない(Myslinska-Szarek et al.、2022)。文化的なレベルでは、幸福な国の国民は意味感覚が低いと報告することがあるかもしれない(Oishi & Diener、2014、表1参照)。
5.主観的幸福の「レシピ」は、人、文化、歴史時代によって異なる可能性がある。主観的幸福を構成する各要素の理想的なレベルには、実質的かつ意味のあるばらつきがある可能性がある。人々が主観的幸福の構成要素すべてについて、ある程度の肯定的レベルを目指すのは合理的と思われるが、それぞれについて最高レベルを追求することが普遍的な目標である必要はなく(Hornsey etal.)
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●これらの観点も必要ではないか。
幸福のために、我々は以下の追加説明を行う:
1.私たちは幸福を、主観的幸福を構成するいくつかの要素のひとつと考えている。その位置づけは、個人によって、文脈によって、時代によって、文化によって異なる。
2.広範なモデルでは、生活満足度、ポジティブな感情、ネガティブな感情の頻度が低い/少ないことが幸福のファセットと考えられている(経験的研究では、生活満足度を幸福として扱うのが一般的であるため、広範なモデルでは理論化と経験的研究を結びつけている)。しかし、広範なモデルによれば、WEIRD文化にあまり典型的でない、現在あまり研究されていない幸福の概念(相互依存的幸福、家族的幸福など)も幸福のファセットである。
3.幸福のさまざまな側面は、互いにほぼ重なり合うものとして理論化することができるが、大まかなモデルは、それらの間の具体的な関係を決定するものではない。
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※WEIRD
Western, Educated, Industrialized, Rich, and Democratic(西洋、教育、産業、富裕、民主主義)の頭文字
と
奇妙な
という意味をかけているみたいです。
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Happiness Maximization Is a WEIRD Way of Living
幸福の最大化は奇妙な生き方である
2024/2/13,Perspectives on Psychological Science
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/17456916231208367
心理学は主観的幸福と幸福を同義に扱う傾向がある。
私たちは、主観的幸福とは幸福であること以上のものであるという仮定から出発し、根本的な問いを投げかける:幸福の理想的なレベルとは何か?
異文化間の視点から、最大レベルの幸福を達成するという理想化は、西欧社会、高学歴社会、工業社会、富裕社会、民主主義社会(WEIRD)に特に特徴的であるが、それ以外の社会にはあまり見られないことを提案する。
なぜこれらの社会で「幸福の最大化」が生まれたのかを説明するために、我々は文化とその環境的生息地を結びつける研究に注目した。
我々は、WEIRD文化が例外的に穏やかな生態学的環境(すなわち、他の地域と比較して相対的に軽い実存的圧力に直面していた)に出現したという前提について議論する。
このような比較的穏やかな地理的条件の源として、北西ヨーロッパの気候に対するメキシコ湾流の影響を検討する。
我々は、WEIRD社会が出現した生態学的条件が、幸福を価値として承認し、その最大レベルの達成を理想化する基盤を彼らに与えたことを提案する。
また、幸福の最大化のための命名論的ネットワークを提供するために、その潜在的な副作用のいくつか、すなわちアルコールと薬物の消費と乱用、および躁病の蔓延についても研究した。
我々の仮説を評価するために、心理学で最も一般的な幸福の定義である個人的な生活満足度の理想的なレベルに関する2つの大規模研究のデータを再分析した。
その結果、幸福を最大化しようとする社会は "WEIRD "とみなされる傾向があり、これを社会全体で一般化することは、イデオロギーや政策レベルで採用された場合、問題が生じる可能性があると結論づけた。
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★目次
■幸福と主観的幸福
** ほとんどの先行研究では、主観的幸福、幸福、生活満足(狭いモデル)**
・主観的幸福
・幸福
・生活満足度
・主観的幸福感、幸福感などを現在の仕事に位置づける(大まかなモデル)
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■主観的幸福の概念化は多様である
・WEIRD社会における主観的幸福度
・非WEIRD社会における主観的幸福度
・幸福は最も重要な価値観に入らない
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■幸福の理想レベルは、奇妙な文化的要因によって系統的に異なる
・WEIRDな社会は幸福の理想を高く設定する
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■WEIRD社会における幸福の理想化の推進要因の可能性:生態学、地理学、経済学
・理想の幸福は実存的圧力によって異なる
・北西ヨーロッパの生息地の形成におけるメキシコ湾流の役割
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■文化的症候群としての幸福最大化
・幸福最大化の社会的相関関係
-幸福の最大化と物質使用
-幸福の最大化と双極性障害
-エコロジーの誤謬に気をつけよう(国レベルの現象と個人での現象は違うよ。)
・幸福最大化の機会費用
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■ディスカッション
・心理科学への示唆
-主観的幸福度研究における文化的客観性を目指して
-主観的幸福タイプのパターンを精緻化する必要性
-主観的幸福研究における概念の多元化に向けて
-主観的幸福の様々な側面の最適レベルに向けて
-主観的幸福の理想における個人と文化の(不)一致がもたらす結果の解明に向けて
-適度な幸福度を目指す
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・政策立案への示唆
-幸福度の国間比較は、理想的な幸福度を認識する必要がある
-文化的に敏感な国民幸福度計算
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・今後の方向性:幸福の最大化に関する未解決の問題
-なぜ主観的幸福の他の例ではなく、幸福の最大化なのか?
-理想の自己とあるべき自己
-幸福の最大化のコストについての理解を深める
-主観的幸福のすべての例の副作用に関する議論
-幸福を最大化するエコ・環境的源泉を超えて
-感情と主観的幸福
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・概念の明確化と論点
-幸福とは究極の主観的幸福結果なのだろうか?
-生活満足は、主観的幸福の他の形態をすでに十分に捉えているのだろうか?
-幸福の前兆と構成要素を区別する
-人々は他の追求のために幸福を犠牲にすることを厭わないのだろうか?
-人は幸せになりたくないのか?
-なぜ他の用語ではなく「主観的幸福:subjective well-being」なのか?
(精神的幸福:mental well-beingや精神的健康:mental healthではなく)
-エコロジカル・フォールシー(生態学的誤謬)のリスクを避けるための注意喚起
以前の紹介。こちらはまだ最終版でない状態でした。でも、面白すぎたので、紹介しちゃった。
■ウェルビーイングとはなんなのか。
https://www.facebook.com/groups/wellbeinginfo/permalink/1539940756816617/