哲学における幸福
最近、哲学に関する投稿をいくつかしたので、
哲学における幸福について、主要な所がよくまとまっている論文も紹介😊
2015年のものですが、整理されていて面白いです。
④サムナーの真正幸福説は、アマルティア・セン先生のケイパビリティ概念にも似ていますね😍
https://www.facebook.com/groups/wellbeinginfo/permalink/1607363480074344/
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①快楽説:快を増やそう!
ベンサムや J. S. ミルの古典的功利主義において,行為や制度は全体としての幸福を促進する程度に応じて正しいとされ,そして「幸福」は快楽と同一であるとされる(快楽説).
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②欲求充足説:欲求を満たそう!
1970 年代後半にハーサニやヘアら (Hare 1976, Harsanyi 1977) によって提出された福利についての欲求充足説
——欲求や選好の実現を福利と見なす立場——は,
こうした「経験機械」などによる快楽説批判に答えられると注目された.
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③客観的リスト説:幸福のリストを作って、それを満たそう!
快楽はもちろん善いものであるが,知識や友情,健康,美的経験,神聖性といった各種の幸福に必要な条件,あるいは「善」のリストを提出する.
この立場では,人生には当人の主観的感覚・欲求を離れて,客観的によいといえる諸々の要素があり,それらを獲得することがよい人生であり幸福な人生である.
しかし,なにが客観的な善のリストに入るのかをどのようにして決めるのだろうか.
その要素のリストに入るものや,その価値の優先順序を定めることは難しい.
生命,健康,富,名誉,愛,美,良好な家族・友人関係,愛情,自由,知識,人間的な活動,道徳性,場合によっては信仰や感謝などが入ることもある
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④サムナーの真正幸福説:十分に情報を得た上で、満足する人生を送ろう!
我々の生がうまくいっているということは,我々が(自分の人生に満足しているという意味で)ハッピーな状態にあることであるが,
ただしこのハッピーさは単なる思い違いや洗脳の結果そうしたハッピーな状態になっているというだけでは不十分であり,
十分な情報にもとづいた自律的な判断の結果の人生に対する満足でなければ,当人のウェルビーイングを増進することにはならない
とするものである
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幸福についての主観説と客観説,そして幸福の心理学
哲学の探求第 42 号 哲学若手研究者フォーラム 2015 年
https://www.wakate-forum.org/data/tankyu/42/42_02_eguchi.pdf
1980 年代から盛んな幸福・福利についての倫理学者の議論は錯綜していて全体を把握するのはなかなか困難である.特に幸福をもっぱら主観的なものと見るか,客観的な要素を含むものと見るかという対立は解釈が難しい.概略を知るには定評ある Stanford Encyclopedia of Philosophy の “Well-being”,“Happiness”,“Pleasure” 等の項目を参照すれば十分だろうが,この領域の議論を概説した日本語文献はまだ数少ないようである.ここでは,おおまかな見取り図を示したのちに,一般に流行している「ポジティブ心理学」がそうした議論とどう関わっているかを示したい
英米倫理学における議論の潮流
用語の問題
快楽説
欲求充足説
客観的リスト説
幸福の心理学の発展
近年の哲学的議論の傾向
セリグマンの転向
実践的関心からの幸福理論