㉛幸福感と精神病理:ポジティブ感情、人生の意味と目的、社会的関係への深い探求
ウェルビーイングハンドブック_第五章:ライフ
毎日読めばウェルビーイングの基礎が分かる、ウェルビーイング・ハンドブック紹介シリーズ、第五章😊
今回は精神疾患とウェルビーイングの関係性について。
ウェルビーイングの①ポジティブ感情、②人生の意味と目的、③人とのつながり
について、
精神疾患のうつ、双極性障害、社会不安障害、統合失調症、トラウマ
での知見を紹介頂いています。
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■ 幸福感と精神病理:ポジティブ感情・人生の意味・社会的関係への深い探求 Goodman, Doorley, & Kashdan (2018)
▼ はじめに:「精神疾患=幸福感ゼロ」という誤解
長年、研究者や臨床家は「精神的健康」と「精神疾患」を一本の連続線の両端に位置するものとして捉えてきました。しかしこの論文は、その単純な見方に疑問を投げかけます。
精神疾患を抱えていても、幸福感の一部は保たれる場合がある。それどころか、特定の側面では健常者を上回ることさえある——この複雑な現実を、データに基づいて丁寧に解き明かすのが本論文の目的です。
著者たちは「ポジティブ感情(positive emotions)」「人生の意味と目的(meaning and purpose in life)」「社会的関係(social relationships)」という幸福感の3つの核心的な領域に注目し、うつ病・双極性障害・社交不安障害・統合失調症・トラウマ関連障害の5つの疾患について検討しています。
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■ 第1章:ポジティブ感情(良い気分や喜びを感じる能力)
▼ そもそもポジティブ感情とは何をもたらすのか?
ポジティブ感情は単なる「気持ちいい体験」ではありません。Fredrickson(1998, 2001)の「拡張と構築理論(broaden-and-build theory)」によれば、ポジティブ感情は注意の幅を広げ、柔軟な思考を促し、ストレスに対処するための心理的資源を蓄積する機能を持っています。
ただし、ポジティブ感情が少なすぎる場合も多すぎる場合も問題が生じます。以下では、この両極端を示す疾患を見ていきます。
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▼ うつ病:感情の「凍結」という逆説
うつ病(major depressive disorder)について、私たちは「悲しみや怒りに溢れた状態」を想像しがちです。しかし研究は驚くべき事実を示しています。
うつ病の人は、ネガティブな出来事に対してもポジティブな出来事に対しても、感情反応が全体的に鈍くなる傾向があります(Bylsma, Morris, & Rottenberg, 2008)。悲しいことへの反応が弱まるのと同様に、嬉しいことへの喜びも弱まるのです。これを「感情的不応答性(emotional insensitivity)」と言います。
・楽しい映像を見ても、健常者より笑顔が少ない(Sloan, Strauss, & Wisner, 2001)
・最も幸せな記憶を語らせると、うつの人は想起に時間がかかり、詳細が少ない(Rottenberg, Hildner, & Gotlib, 2006)
・過去の感情が現在の感情を強く縛る「感情の慣性(emotional inertia)」が生じる(Kuppens et al., 2012)
一方で、社会的な場面では異なるパターンも見られます。うつの人は、ポジティブな社会的交流が起きたときに、健常者よりも大きな幸福感の向上を経験することがあります(Steger & Kashdan, 2009)。これは進化論的に解釈でき、慢性的に社会的な繋がりを不安視している人にとって、自分が「集団に受け入れられている」というサインは特別な安堵感をもたらすのだと考えられます。
また、低いポジティブ感情がうつの原因となるのか結果となるのか、その関係は双方向であることがメタ分析によって示されています(Khazanov & Ruscio, 2016)。
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▼ 双極性障害:ポジティブ感情の「過剰」という逆説
双極性障害(bipolar disorder)は、ポジティブ感情の過剰という、うつ病とは対照的な問題を抱えています。
躁状態(manic episode)のとき、双極性障害の人はネガティブな記憶の3倍ものポジティブな記憶を想起し、自分自身についても過度に肯定的な言葉を記憶します(Eich, Macaulay, & Lam, 1997)。
さらに重要なのは、この傾向が寛解期(症状が落ち着いている時期)にも続くことです(Gruber, 2011)。中立的な場面や、本来なら不快であるはずの場面でも、双極性障害の人はポジティブ感情を持続させてしまうのです。
この「ポジティブ感情の持続(positive emotion persistence)」は、創造性との関連も示唆されています。ヘミングウェイ、ベートーベン、ゴッホ、ウィンストン・チャーチルなど、歴史上の多くの創造的人物が双極性障害を持っていた可能性が指摘されており(Jamison, 1989)、アイオワ大学の著名な作家養成プログラムの学生では43%が双極性スペクトラムの診断基準を満たしたという報告もあります(Andreasen, 1987)。
しかしこの過剰なポジティブ感情は、目標達成後に躁状態が誘発されるリスクとも隣り合わせです(Johnson et al., 2000)。そのため、双極性障害の人の約80%が、躁転を防ぐために意図的にポジティブな経験を避ける行動をとることが明らかになっています——趣味を控えたり、創造的活動を制限したりするなど(Edge et al., 2013)。
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▼ 社交不安障害:社会の中でポジティブを感じられない苦しさ
社交不安障害(social anxiety disorder)の人は、「他者から否定的に評価されること」を恐れますが、実は「ポジティブに評価されること」も恐れるという二重の恐怖を抱えています(Weeks & Howell, 2012)。
・ポジティブな出来事が自分に起きる可能性を低く見積もる
・もし起きたとしても、その後に不安が増す前兆として解釈してしまう(Alden, Mellings, & Laposa, 2004)
日常的な経験サンプリング研究(日常生活の中で繰り返し感情を記録する方法)によると、社交不安の高い人は、社会的場面だけでなく一人でいる場面においても、ポジティブ感情が低いことが示されています(Kashdan & Collins, 2010)。
また、社会的交流の質を最もよく区別する指標は「不安の強さ」ではなく、「ポジティブ感情の乏しさ」と「不安を回避しようとする努力の量」であることが明らかになっています(Kashdan et al., 2013)。
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■ 第2章:人生の意味と目的(自分の人生がなぜ大切かという感覚)
▼ 意味と目的とは何か?
人生の目的(purpose in life)とは、自分の人生を方向づける中心的な目標や価値観のことです。目的意識が強い人は、幸福度・自己肯定感・レジリエンス(逆境からの回復力)が高く、寿命も長い傾向があります(McKnight & Kashdan, 2009b)。
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▼ うつ病:意味の喪失と、意味による回復
うつ病はそもそも「意味の貧困」として特徴づけられます(Beck, 1967)。「何も楽しみがない」「生きている意味がない」という訴えは、うつ病の中核症状と深く絡み合っています。
ただし逆方向の作用もあります。43カ国、約800人を対象にした縦断研究では、人生の意味感が高い人は3ヶ月後にうつ症状が減少し、その経路にはポジティブな出来事の増加が介在していました(Disabato, Kashdan, Short, & Jarden, 2017)。
意味と目的を高めることを直接の目標とするアプローチとして、ACT(受容とコミットメント療法:不快な感情を排除しようとするのではなく、それを受け入れながら自分の価値観に沿った行動を増やしていく心理療法)が有効であることが示されています(Hayes, Strosahl, & Wilson, 1999)。
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▼ 双極性障害:混沌の中に意味を見出す力
双極性障害の混乱した感情生活の中でも、意味を見出すことは可能です。ある質的研究では、患者たちは双極性障害を「自分の存在全体と絡み合った病」として語り、その強烈な体験の中に深みや豊かさを見出していました(Rusner, Carlsson, Brunt, & Nystrom, 2009)。
また双極性障害の人の78%が強いスピリチュアル・宗教的信念を持っており(Mitchell & Romans, 2003)、これが感情調節や病気の管理に役立っている可能性が示唆されています。
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▼ 社交不安障害:目的への努力が不安を和らげる
社交不安障害の人は、日常的に意味感と目的感が低いという傾向があります。しかし、人生の目的に向けて努力を傾けた日は、意味感とポジティブ感情が高まり、自己肯定感が健常者と区別できないレベルに達することが示されています(Kashdan & McKnight, 2013)。
重要なのは「目的を達成すること」より「目的に向けて努力すること」そのものが効果をもたらすという点です。不安を取り除くことを直接目標にしなくても、生きる理由を持つことが不安の影響力を弱めるのです。
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▼ 統合失調症:妄想の中に意味を構築する
統合失調症(schizophrenia)の人でも、社会的関係、意義ある仕事、過去の記憶、ポジティブな体験など、少なくとも5つの源泉から意味を保てることが示されています(Eklund, Hermansson, & Håkansson, 2012)。
さらに驚くべき知見として、一部の統合失調症の人は、幻聴や妄想を自己の一部として統合することで、それらを意味体系の中に取り込んでいます。ある研究では、治療によって幻聴や妄想が軽減されたことで、逆に意味感が低下したことが報告されています(Roberts, 1991)。症状が「アイデンティティの一部」になっていた場合、それが消えることで自己喪失感が生まれるのです。
ACTを統合失調症に適用した研究では、幻聴の「信念の強さ(believability)」を低下させながら、同時に自分の価値観に沿った生活を再構築できることが示されています(Gaudiano & Herbert, 2006)。
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▼ トラウマ関連障害:意味の破壊と再構築
トラウマ(心的外傷)は、自己と世界についての基本的な前提を打ち砕きます(Janoff-Bulman, 1989)。しかしその破壊は同時に、新しい意味を構築する契機にもなりえます。
・親の死を経験した成人の約50%が、その後に他者との関係がより深まったと報告(Malinak, Hoyt, & Patterson, 1979)
・船の沈没を生き延びた人の94%が「当たり前のことに感謝するようになった」と報告(Joseph, Williams, & Yule, 1993)
・性的暴行被害者の多くが、わずか2週間後には共感力の増加や人間関係の強化といったポジティブな変化を報告(Frazier, Conlon, & Glaser, 2001)
ただし著者たちは慎重な姿勢を崩しません。これらの報告は主観的な体験であり、トラウマがなかった場合と比較することは不可能であると強調しています。また目的意識の強さは、トラウマ後のより健康的・回復的な軌跡と関連していることも示されています(McKnight & Kashdan, 2009b)。
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■ 第3章:社会的関係(他者との繋がり)
▼ うつ病:感情の伝染と介護者への影響
うつ病は「感情の伝染(emotional contagion)」を引き起こすことが示されており、うつの人と交流した人も、気分が落ち込む可能性があります(Joiner & Katz, 1999)。Facebookの大規模研究でも、ネガティブな投稿を多く読んだユーザーは、自分自身もネガティブな投稿をより多く行うようになることが確認されています(Kramer, Guillory, & Hancock, 2014)。
また主要うつ病患者の約半数に「易怒性(irritability):ちょっとしたことで怒りやすくなる状態」が見られ、これが対人関係に悪影響を与えます(Fava et al., 2010)。
介護者・家族への影響も深刻で、260名の配偶者・家族を対象にした研究では、20〜50%が患者の健康・治療・安全への強い心配を報告し、多くが自分自身も精神的なケアを必要としていました(Van Wijngaarden, Schene, & Koeter, 2004)。
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▼ 双極性障害:感情認識の困難と関係の歪み
双極性障害の人は顔の識別は健常者と同等であるにもかかわらず、感情的な表情の認識・ラベリングが著しく困難です(Getz, Shear, & Strakowski, 2003)。これが対人関係の問題の根底にある可能性があります。
双極性障害の人は、健常者に比べて別居・離婚・死別の割合が高く(Sanchez-Moreno et al., 2009)、介護者はうつ病の介護者よりも高い感情表出(expressed emotion:過剰な批判や関与)を示す傾向があります。この高い感情表出が患者の予後を悪化させるという悪循環も報告されています。
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▼ 社交不安障害:親密さを築けない苦しさ
社交不安障害の人は、友人・家族・恋人など全ての関係領域で顕著な障害を示し、その程度はうつ病の人よりも深刻な場合があります(Rodebaugh, 2009)。
恋愛関係においては、自己開示(自分のことを打ち明けること)・感情表現・親密さが低く(Sparrevohn & Rapee, 2009)、パートナーのポジティブな出来事を共に喜ぶ「積極的建設的応答(active constructive responding)」も苦手です。
興味深いことに、性的な親密さの経験がある日は、翌日の社交不安が低下するという日記研究の知見があり(Kashdan et al., 2011, 2014)、この効果は社交不安が高い人ほど強いことが示されています。
介入としては、社会的スキルの高い「ロールモデル」を治療に組み込む「社会的効果療法(SET)」が、5年後の追跡調査でも高い社会的機能を維持させることが示されています(Beidel, Turner, & Young, 2006)。
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▼ 統合失調症:社会から孤立する苦しさと環境の役割
統合失調症の人は、社会的機能において最も深刻な障害を示す群の一つです。一般人口に比べて6倍も結婚しにくく(MacCabe, Koupil, & Leon, 2009)、顔の感情認識・声のトーン認識・他者の心を推測する「心の理論(theory of mind)」のすべてに困難を抱えています(Corcoran, Mercer, & Frith, 1995)。
特筆すべきはWHOによる国際比較研究で、発展途上国の統合失調症患者は先進国の患者より症状が軽く予後も良いという知見です(Jablensky et al., 1992; Harrison et al., 2001)。この差異の一因として、家族の「感情表出(EE)」の質の違いが挙げられており、過度に批判的・侵入的なコミュニケーションが再発リスクを高めることが示されています(Butzlaff & Hooley, 1998)。
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▼ トラウマ関連障害(PTSD):社会的支援の決定的な役割
PTSD(心的外傷後ストレス障害)は、社会不安・怒り・性機能障害・家族の不和・恋愛関係の歪みなど、広範な社会的問題と関連します。
重要な知見として、PTSDを抱えた退役軍人の「引きこもり・感情の麻痺」症状はパートナーの関係満足度を大きく損なう一方、「再体験症状(フラッシュバックなど)」はむしろパートナーからの支援的な反応を引き出すことが示されています(Renshaw & Caska, 2012)。
また、社会的支援の欠如がPTSDの危険因子であり(King et al., 1998)、強い社会的ネットワークがPTSDの重症度を緩和する保護因子であることも確認されています(Pietrzak et al., 2009)。
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■ まとめ:複雑さを直視することの重要性
本論文が示す知見は、いくつかの「逆説」として集約できます。
・うつ病の人は、ネガティブな出来事への反応がむしろ健常者より弱い
・双極性障害の人は、健常者より豊かなポジティブ感情を持ちながら、それを抑えようと苦闘している
・社交不安障害の人は、ポジティブな性的体験や目的への努力によって不安が大幅に軽減される
・統合失調症の人は、幻聴や妄想から意味を構築しており、治療によりそれが失われることがある
・トラウマ生存者は、深刻な経験の後に、より意味深い人生を築くことがある
精神疾患を抱えていることが「幸福感の完全な欠如」を意味するわけではありません。どの疾患においても、幸福感の一部は保たれており、それを見落とすことは支援の失敗につながります。
科学者と実践家が協力して苦しみを減らし、人間の繁栄を促すためには、精神疾患と幸福感の複雑な関係を、その複雑さのままに受け止める姿勢が不可欠である——本論文はそのことを力強く示しています。
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Well-being and Psychopathology: A Deep Exploration into Positive Emotions, Meaning and Purpose in Life, and Social Relationships
By Fallon R. Goodman, James D. Doorley, & Todd B. Kashdan, George Mason University
数十年にわたり、研究者や実践者は心理的障害と健康を単一の連続体の両極端として理論化してきた。我々は、心理的障害を持つ人々がウェルビーイングを経験する様々な方法について、より精緻でデータに基づいた検証を提供する。大うつ病性障害、双極性障害、社会不安障害、統合失調症、トラウマ関連障害と診断された人々の、ポジティブ感情、人生の意味と目的、社会的関係に関する研究をレビューする。また、こうした人々の友人・家族・介護者が、いつ、どのようにして自身のウェルビーイングに悪影響を受けるかについても論じる。本稿では一貫して、精神疾患を持つ全ての人々がウェルビーイングを欠いているわけではないという、重要でありながら見過ごされがちな知見を強調する。本レビューは包括的というより示唆的であり、既存知見を統合するとともに、不明確または未開拓領域の探求を促すことを目的とする。
キーワード:ウェルビーイング;ポジティブ感情;意味;目的;社会的関係