はぴテク相談室:インターネット時代の道徳
最近、SNSを見ていると、誰かが叩かれている投稿や、怒りに満ちたコメントをたくさん目にして、なんだかモヤモヤします。ネットって道徳的に問題のある空間なんでしょうか?
そのモヤモヤ、とても自然な感覚だと思います。ニューヨーク大学の研究(PNAS Nexus, 2024年6月)によると、インターネットは私たちの「道徳の使い方」をゆがめてしまう環境的な特徴を持っている、と指摘されています。ネット自体が悪いというより、私たちの道徳心理がネットの環境に合っていない、という話なんです。
道徳心理がネットに合っていない、というのはどういう意味ですか?
人間の道徳心理はもともと、数十人〜百人規模の小さなコミュニティで暮らす中で育まれてきました。顔見知り同士で助け合ったり、ルールを破った人に直接注意したりする、そういう場面に適したものです。ところが今、約60億人がインターネットを使っています。その規模や距離感は、私たちの道徳心理が想定していた環境とはかけ離れている、というわけです。
なるほど。でも、ネットで世界中の困っている人の話を聞けるのは、共感の機会が増えていいことでは?
直感的にはそう思えますよね。ところがこの研究では、逆の傾向が示されています。「共感疲労」という現象で、被害者の数が増えたり、悲惨なコンテンツに大量にさらされたりすると、かえって一人ひとりへの共感が低下しやすいというんです。ネットでは毎日のように世界中の悲しいニュースが流れてくるので、感覚が麻痺しやすい状態になりやすいと考えられています。
確かに、最初は胸が痛かったニュースも、毎日見ていると慣れてきてしまう気がします。では、誰かを激しく叩くような投稿が増えるのはなぜなんでしょう?
同じ研究で指摘されているのが、「公開的な批判」の問題です。本来、集団内で誰かを罰するという行動には、関係を修復したり、ルールを再確認したりという社会的な機能があります。でもネット上では、匿名の大勢が物理的距離を隔てて一斉に叩くため、その社会的機能が損なわれやすく、むしろ「自分は道徳的だと示すためのパフォーマンス」になってしまいがちだと論じられています。
「自分は道徳的だと示すパフォーマンス」というのは、どういうことですか?
研究では「徳性のシグナリング」と呼んでいます。たとえば、社会問題の投稿に「いいね」を押したり、シェアしたりするだけで、「自分は正しい側にいる」と感じてしまう現象です。低いコストで道徳的な立場を表明できるため、実際に寄付したり行動したりすることが減る可能性があると指摘されています。SNSの「いいね」が実際の行動の代わりになってしまうイメージですね。
ネット上の社会運動や署名活動も、あまり意味がないということですか?
研究によると、オンラインでは短期間で大規模な活動を組織できる一方、参加者の関与が浅くなりやすく、政策変更など具体的な成果につながりにくい傾向があると述べられています。ただ、これはオンライン活動が完全に無意味だという話ではなく、リアルな組織や行動と組み合わさったときに効果が出やすい、という解釈が自然だと思います。
なんだかネットを見るのが怖くなってきました。どう付き合えばいいんでしょう?
研究自体は「こう対処すべき」という具体的な処方箋を示しているわけではないのですが、仕組みを知っているだけでも意味があると思います。「今自分は共感疲労になっていないか」「これはパフォーマンスになっていないか」と立ち止まれるようになりますよね。オンラインの広がりとリアルのつながりの深さ、両方をバランスよく活かすことが、道徳的にも幸福感の面でも大事なヒントになりそうです。
仕組みを知って、自分の反応を少し客観的に見る、ということですね。なんだかスッキリしました。ありがとうございます!
そうです!「なんとなく嫌だな」と感じていたことに名前がつくと、少し楽になりますよね。ネットはあくまでツール。その特性を頭の片隅に置きながら、上手に付き合っていきましょう。
■ 今日のまとめ
- インターネットは人間が小集団で育んできた道徳心理とかけ離れた環境であり、「共感疲労」や「公開的な批判の過剰化」を引き起こしやすい特徴がある
- 低コストで道徳的立場を示せるネット環境では、実際の行動を伴わない『徳性のシグナリング』が増えやすく、具体的な社会参加が減る可能性がある
- オンラインの広がりとリアルのつながりの深さを組み合わせることが、道徳的な行動と幸福感の両立につながるヒントになりそうである
■ 出典・注意事項
- 出典: Molly J Crockett et al., 'Morality in the anthropocene: The perversion of compassion and punishment in the online world', PNAS Nexus, 2024年6月, https://academic.oup.com/pnasnexus/article/3/6/pgae193/7689237
- 注意事項①: 本研究は理論的・概念的な論文であり、すべての主張が直接の実験で検証されたわけではありません。因果関係ではなく、環境と行動の関連についての理論的考察として読む必要があります
- 注意事項②: オンライン行動と道徳的反応の関係は文化・プラットフォーム・個人差によって異なる可能性があり、研究の知見をすべての状況に一般化することには限界があります
- 注意事項③: 「徳性のシグナリング」や「共感疲労」が実際の幸福感にどう影響するかについては、本論文では直接検証されていません
研究自体の紹介はこちら😊
インターネット時代の道徳
https://wellbeing-archive.pages.dev/posts/2024-07-02-1719957611/