2024.05.24

ウェルビーイングと人生の意味についての哲学から考える

という論説。2022年なので、ちょっと前ですが。

サムナー先生の話が結構出てきます😊

サムナー先生の真正幸福説は↓に詳しいです。

哲学における幸福

https://www.facebook.com/groups/wellbeinginfo/permalink/1655437595266932/

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ウェルビーイングと人生の意味

信原幸弘

国際哲学研究, Vol.11, pp.63-79 (Feb. 2022)

https://toyo.repo.nii.ac.jp/record/13741/files/kokusaitetsugakukenkyu11_063-079.pdf

もうかれこれ七〇年近く生きてきたが、わたしのこれまでの人生は善い人生だったのだろうか。 いろいろ楽しいこともあったが、悲しいことや辛いこともあった。有意味な活動をして充実して いたときもあったが、無為に過ごして空虚なときもあった。とにかくいろいろなことがあったが、 総じてまずまず善い人生だったように思う。

人はしばしば自分の人生の善さについて問う。それはたしかに自分にとって重要な問いだし、 誰しも善い人生を送りたいと思う。しかし、人生の善さとは何であろうか。人生の善さは英語で は well-being(善くあること)であり、日本語でもそのままウェルビーイングとしばしば言われる。 ウェルビーイングとはいったい何であろうか。

善い人生には快いと感じることや満足感を覚えることが多いように思われる。そのような快い 感じや満足感は幸福感とよんでよいであろうが、善い人生とは幸福感に満ちた人生だろうか。幸 福感が多いほど、より善い人生であり、逆に不幸感(不快感や不満足感)が多いほど、より悪い 人生であろうか。

善い人生にはたしかに快感や満足感のような幸福感が不可欠であるように思われる。いかなる 幸福感もなければ、どれほど有意味な人生であったとしても、善い人生とは言えないだろう。し かし、幸福感さえ十分あれば、それだけで善い人生だと言えるだろうか。幸福感に満ちた人生は 幸福な人生だと言えるかもしれないが、有意味な活動をまったく欠くならば、善い人生とは言え ないのではないだろうか。

ウェルビーイングは幸福と訳されることもあるが、人生の善さとしてのウェルビーイングは幸福とは微妙に異なるように思われる。少なくとも、幸福感で定義されるような幸福とは異なるで あろう。では、ウェルビーイングとは何であろうか。それは幸福感のような経験とどう関係する のであろうか。また、人生の意味とどう関係するのだろうか。以下では、人生の善さとしてのウ ェルビーイングとは何かを、幸福感や人生の意味との関係を中心に考察していきたい。

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1ウェルビーイングの基本特徴

ウェルビーイングと他の諸価値

ウェルビーイングの多元性

価値の形式的説明と比較可能性

2経験要請

欲求充足の無知

欲求内容の無知:期待外れ

3真正性

十分な情報

適切な価値観

4主体相対性

ウェルビーイングの主体相対性

エウチュプロン問題

主体の客観的あり方にたいするウェルビーイングの相対性

5自己物語

短期と長期のウェルビーイング

人生の意味

ウェルビーイングの単位:自己物語

6むすび

論文紹介 ありのままに 主観的幸福・幸福測定意味・目的・スピリチュアリティ

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